視点を変えて街をみる 山にはコロナ禍でも変わらない温かさ

「暑いですね。お疲れ様です。頂上まであとどれぐらいですか?」と声を掛けると、「ここは7合目ぐらいかな。」と足を休めずに答えてくれました。とんとんとんとん。山を下る彼女の足音はリズミカルで一定のペースを刻んでいます。「お気をつけて〜」と彼女の背中に声をかけると振り返って、笑顔を返してくれました。

私が休んでいるのは、福岡県糸島市にある可也山(かやさん)のとある休憩所の木の椅子。大学の春休みを家でぼんやり過ごすのはもったいない。運動しなければ、と思いたち、ファミリー層も登りやすいと聞いていたので挑戦してみました。標高365メートルの可也山は糸島のシンボルとも言える山で、フォトコンテストのモチーフに使われることもしばしば。さまざまな写真の背景に写っています。

このベンチにて休憩。やわらかい日差しが差し込み、心落ち着く。(15日筆者撮影)

可也山は万葉集の歌でも詠まれたように古くから知られ、朝鮮半島の伽耶地方に名前が由来するとも言われている。見た目は富士山に似ていることから「小富士」や「糸島富士」とも呼ばれる。(15日筆者撮影)

気温は19℃。快晴。山登り日和です。部活をしていたときの上下長袖、長ズボンのジャージに長めの靴下、運動靴と筆者なりの山装備。登る前には福岡県警の登山計画書(電子申請)入力フォームに山岳名、登山ルート、入山年月日時、下山予定年月日時、山に持ち込む荷物を記入します。ファミリー層が気軽に登れるとはいえ、山です。単独行でもあり、何かあったときのために「安全守り」として提出しました。

入口付近には、山のパンフレットや登頂者のメッセージノートが設置されている。(15日筆者撮影)

登山計画書のオンライン版。登る前に記入することで、安全意識も高まる。(15日筆者撮影スクリーンショット)

自然遊歩道が整備されて歩きやすいのですが、予想よりも急な坂道です。運動不足の身にはかなりきつい登攀路でした。

静まり返った山のはずですが、音がよく響きます。ほはほほーほけきょ、ぴょーろろろろろ、かさかさ、じじっ、ばたばた、遠くから車の音も。適度に汗をかき、風も気持ちよく、自然に癒される反面、肝心の体力は第一の休憩所「石切場跡」で撃沈。前述の女性と出会った場所です。

山道にあるいくつかのスポットはどのあたりまで登ったかの目印にもなる。江戸時代初期から近代にかけて、城や寺などの石造物の材料である巨石を切り出していた。(15日筆者撮影)

7合目とはいえ、頂上と展望台まではあと30分ほどはありそうです。山道には竹や椿などが生え、神社やちょっとした展望台もありました。山の音を聞きながら、木の根が絡まる道を歩きます。

どの木の間を通ろうか迷いながら歩くのは楽しい。(15日筆者撮影)

黙々と登り続けて1時間。たどり着いた山頂の展望台からはエメラルドグリーンの海、山、田んぼなど、糸島を見渡せました。今まで街を取材しては人やお店と出会い、その魅力を味わってきましたが、下から見上げていたものや、同じ目の高さで見ていたものを上から見るとまた違う感覚にとらわれるのだと気づかされます。九州大学がある地域がくっきりと分かり、周囲に山があるからか一つの街のようにも見えました。

展望台での気温は20℃。登頂記念に木のカードをもらった。(15日筆者撮影)

中央奥に見えるのが九州大学。山に囲まれているのがよくわかる。(15日筆者撮影)

先に展望台にいた男性から「こんにちは」と元気な声が飛んできました。山用の靴にスポーツ着だったので、「よく山に登られるのですか」と尋ねると、「ほぼ毎日よ。定年して暇だから」と話してくれました。続いて「今日は十坊(とんぼ)山を登ってから昼食べたら、元気出てきたから可也山も」。山を「はしご」したようです。

糸島にはいくつもの山があり、それらが繋がっている、つまり「縦走する」のが面白さの一つだそう。「ほとんど登ったんとちがうかな」と楽しそうに一つ一つの山の魅力を語り、初心者の筆者におすすめの山を教えてくれました。さらに話を聞いてみるとなんと筆者のバイト先の常連さんのよう。「次会ったら登ったかきくよ?」と楽しそうに山を降りて行きました。

山に登って気づくのは、初対面にも関わらず、同じ山に挑戦することでお互いに応援し合う仲間のような親近感が生まれるということです。少し遠くから「こんにちは」、すれ違う時に「お疲れ様です」。頂上では他愛もない話をし、どこかに共通点を見つける。コロナ禍で人との距離は離れ、気軽に顔を合わせて挨拶をする機会も減りましたが、ほっこりとした温かさを感じられる場所が大自然の中に残っていることに嬉しくなりました。

展望台からの景色。これぞ糸島という1枚。(15日筆者撮影)

 

参考記事:

15日付 朝日新聞朝刊(福岡14版)30面 第2福岡「ITを活用したまちづくり」

15日付 日本経済新聞朝刊(福岡13版)39面 九州経済「「観光型Maas」滞在促す」

16日付 読売新聞朝刊(福岡13版)31面 地域「久留米絣 大学生がPR」