高齢化社会、移動の足は

2021年3月末、成城学園前駅と都立大学駅を結ぶ東急バス「都立01」系統が60年の歴史に幕を下ろしました。住宅地と駅をつなぎ市民の足として親しまれてきましたが、数十年間にわたり赤字が続いた路線でした。今日の日経新聞朝刊によると、全国の路線バスの利用者は1960年代をピークに減少傾向に転じ、2019年は赤字の事業者が7割にのぼったといいます。路線バス事業は、新型コロナウイルスによる外出自粛や運転手不足も抱えています。こういった背景から各地で住民の「足」に危機が及んでいるのです。全国規模では、19年度に総計で1500キロ、本州縦断に近い距離の路線が廃止されたというから驚きです。

交通手段の問題で大きな影響を受けるのが高齢者です。警視庁の統計によると、19年には免許証を自主返納した人の数は制度導入以降最多の60万1022人を記録しました。「自家用車」という選択肢を持たない高齢者は少なくありません。移動手段が限られた人には生活の上で多くの変化があるということも考える必要があります。

高齢者は、「フレイル」の危険と隣り合わせです。加齢とともに心身が弱まりますが、外出の機会が減ること、社会活動への参加機会が減ることなどで深刻化するといわれています。厚生労働省がまとめた「高齢者の生活・外出特性について」はこのことを取り上げています。外出状況の項目では、免許を持たない高齢者は、免許を持つ人と比べて外出率が低いことが指摘されました。移動手段というのは、我々が思っている以上に大きく関わっているのです。

実際、筆者の祖母も祖父が亡くなった2年前から行動範囲が非常に狭まってしまいました。祖父は、祖母が買い物や友人との会食をする際には必ず車を出し、TVで特集されている観光地や面白いスポットにもよく出かけていました。母や筆者が祖父母宅にいった際には、よく色々な場所にドライブしました。祖父が亡くなってからは、徒歩圏内で行ける郵便局に行き、買い物も家から最も近いスーパーに行くことが多くなりました。「ここに行こう」と言い出すことも、気軽に車を利用できた頃より減ったように思います。「車」が生活に入り込んでいた高齢者の暮らしの実態です。

こうした状況を変えていくには「代替移動手段」のアイデアを増やすことが急務です。今日の読売新聞朝刊に、面白い取り組みが取り上げられていました。高齢化が進む東京都八王子市の北野台地区で、電動ゴルフカートを使った乗合利用の実証実験が行われたのです。11日から始まった実験で使われているカートは、最高時速20キロ程度で走り、7人乗り。住民の中から名乗り出て教習を受けた運転手と補助員が乗り込み、住民は無料で乗車できるといいます。実験を利用した高齢者の「ちょっとした外出が億劫になっていたが、こうした乗り物があれば」という反応からは希望を感じます。子供連れの親も利用しており、地域の交流の機会にもなりそうです。

また、先の「高齢者の生活・外出特性について」では、「日用品の買い物」「食事・社交・娯楽」での外出頻度が高い一方で通院は月3度程度にとどまることが報告されており、非定常な需要に対応した交通手段が求められていることもわかります。何かを買いに行きたい、行動したいという欲求は、決まった時に湧いてくるものではありません。時と場所を問わず、自分が主体となって利用できるサービスが必要です。

渋谷区でも導入された「mobi 」は定額のタクシー乗り放題サービスです。月額5000円、2キロ圏内のチョイ乗りが対象です。自身も他のタクシーアプリを利用したことがありますが、アプリで呼び出すと10分から15分ほどで迎えに来てくれるため、非常に便利に感じました。自分が希望した場所に、時間にとらわれずに移動手段を出現させることは高齢者の需要に応えることにつながります。免許返納時にタクシー券(例えば、500円×12が配られるサービスもあるようですが、ぜひ高齢者に対して、サブスクのタクシーサービスを導入して欲しいです。バス、車と選択肢が減りがちな後期高齢者にはシニア割を導入し格安にする手もありそうです。

交通手段が狭まることで、高齢者は我々以上に外出の選択は狭まります。そのことが心身に影響を与える可能性があることも忘れてはいけません。交通問題という側面にとどまらず、健康に関わる課題だと認識し、新たな可能性を探りたいものです。

 

【参考記事】:11月28日付 日本経済新聞朝刊 東京12版 27面 ドキュメント日本 失われるバス都市でも

11月28日付 読売新聞朝刊 東京13版 22面 移動に電動ゴルフカート

【参考資料】:厚生労働省HP 警視庁HP