市民社会に溶け込む公共デザイン

突然ですが、この写真の角にある物体は一体何でしょうか。

(visitvenezia.euより)

 

これはイタリアのヴェネツィアの町中に多く設置されている「ピソット」というもので、立ち小便をさせないようにしたり、夜の暗い時間帯に犯罪者が通行人を待ち伏せするのを防いだりする役割を果たしています。地元の治安維持に一役買っているのです。

ぼーっとしていれば見逃してしまいそうですが、まちづくりの知恵というのは意外なところにあるものです。もちろん日本でも。

「飛び出し坊や」

(筆者撮影)

例えば、この看板。名前を知らなくとも見たことのある人は多いと思います。普段車を運転する人であれば、これを見て一瞬ヒヤッとしたこともあるのでしょうか。一般的に「飛び出し坊や」や「飛び出し君」として親しまれている、ドライバーへの注意喚起のために通学路などに設置される看板です。

(筆者撮影)

マンホール

視線を下げれば、足元にもまちづくりの工夫を垣間見ることができます。

(筆者撮影、調布駅前のマンホール)

これは東京郊外の調布駅前にあるマンホール蓋です。「ゲゲゲの鬼太郎」の作者水木しげる氏が長年暮らしていた縁から、作品のキャラクターと交通安全のメッセージがあしらわれています。調布駅前の人が一番行き交う交差点に設置されていました。もちろん、人だけでなく自転車で横断する人も沢山います。然るべき場所に置かれることで、信号待ちの人々に訴えかけられるわけです。ちなみに調布市では、このほかにも、歩きたばこの禁止やマナー向上を訴えている鬼太郎ファミリーのマンホール蓋を、そこここで見ることができます。

ホームのベンチ

そして、最近では、駅舎のベンチにも工夫が凝らされています。これまで一般的だった高さのベンチに加え、寄掛りベンチや高座型ベンチが置かれています。新顔は電車が来た時にお年寄りでもさっと立ち上がれるよう設計されたのでしょう。筆者にとっても、ほんの数分電車を待つ際には、どっかりと腰を下ろすのでなく、軽く体重をかけていられるようなベンチが心地よいと感じます。

(筆者撮影、高座型ベンチ)

排除するデザイン

このように様々な工夫がみられる中で、特定の人を排除しようとする公共物も散見されます。

先ほどと同じベンチの例を挙げましょう。真ん中に仕切り兼肘掛けが備え付けられているものはよく目にしますし、都心に出てみれば一見するとベンチには見えない芸術作品のようなこじゃれた腰掛けも存在します。こういったものは、ありきたりな公共空間に彩を添えるパブリックアートに映ることでしょう。そういった側面はありますが、棒状にしたり大きな飾りを付けたりすることで実はホームレスや酔っ払いがベンチで寝そべるのを防止する目的があると言われています。見る人によっては「パブリックアート」にも「排除アート」にもなり得るのです。

近年では、障がい者にだけ焦点を当てた「バリアフリー」という概念よりも、多くの人にとって使いやすい点を強調した「ユニバーサルデザイン」が採用されるようになっています。そうした中で、特定の人を排除しようとする公共物の存在には違和感を覚えてしまいます。治安の維持が真の目的で、現実に私たちはその恩恵を受けているのかもしれません。ですが、一見「おしゃれ」の風を装って、別な狙いが秘められていることは認識する必要があると思います。

 

参考記事:

28日付朝日新聞夕刊(東京4版)11面、「マダニャイとことこ散歩道745」

参考文献:

visitvenezia.eu、「The Venetian antibandito humps or pissotte: what exactly are they?」

五十嵐太郎(東北大学大学院教授)、「排除アートと過防備都市の誕生。不寛容をめぐるアートとデザイン」、美術手帳、2020年