パラリンピック学校観戦 基準を明確に再考して

「今日はブルーインパルスが飛ぶんです。予行なんですけどね。」

8月22日の午後2時頃、東京の空にブルーインパルスが現れました。24日のパラリンピック開会式に向けた予行演習です。筆者は皇居を散策中でした。本丸に訪れたところ30人ほどがカメラを片手に空を眺めている姿が。防衛省のTwitterを見て皇居まで駆け付けたという女性は、「東京駅も考えたけど、人が多そうだったから」と皇居の中でも少し高い位置にある本丸を訪れたようです。「こんな機会またとないから」と嬉しそうに語ってくれたあとは、「ちょっと集中したいんで」と再び空へと視線を戻しました。新型コロナウイルス感染拡大の真っただ中で始まったパラリンピック。オリンピックと同様に開会式前からこの盛り上がりぶりです。

皇居の本丸にてブルーインパルスを写真に収めようとする人たち(8月22日筆者撮影)

パラリンピックは大きな注目を集めて滑らかにスタートしましたが、人々が心から楽しめない状態は続いています。コロナの感染状況がオリンピックの時よりも悪化しているからです。メダル獲得の記事も見られるようになった27日、緊急事態宣言が21都道府県、蔓延防止等重点措置が12県に拡大されました。

23日の朝日新聞夕刊では医師で作家の、夏川草介さんの記事が掲載されていました。政府や東京都のトップが「緊急事態宣言下での五輪開催と、新型コロナウイルスの感染拡大との関連を否定したこと」に最も驚いたと述べています。今回は人流の減少があまり見られず、感染爆発が各地で起こっているなどから、緊急事態宣言が効果的に働いていないのは明らかです。理由として夏川さんは、「宣言が出ているのにスポーツの大会ができるんだったら、外に出てもいいんじゃないか」という心理的な影響が大きいと指摘しています。

大会関連での感染者やクラスターは少ないかもしれませんが、社会はまさに医療崩壊寸前。オリンピックとパラリンピックは新聞を含むメディアで大きく取り上げられるだけあって、人々に大きな影響を与えます。スポーツの熱や感動、発信するメッセージといった正の側面だけでなく、危機意識の低下という負の効果ももたらしたのでしょう。

新型コロナウイルス対策分科会の尾身茂会長は、東京五輪・パラリンピック開催が感染拡大につながる「矛盾したメッセージ」(朝日新聞)としたうえで、夏川さんと同様に、五輪開催によるメッセージが人々の意識に影響する重大さを指摘しています。自粛を呼び掛けている状況で、夏川さんは「強行してこれだけの感染者を出し、釣り合うものが手に入ったのでしょうか」と疑問を呈します。そして、「1日〇人までの感染者であれば、開催利益の方が大きい」など基準を設けるべきだと主張しています。

「基準」

これは2020年に新型コロナウイルス感染拡大が始まった当初から指摘されてきました。発熱時の受診目安の体温、自粛要請・解除、ワクチンの優先者区分など、物差しが不明瞭な事例は多くありました。今までにない危機であり、先行きが読めないことから、基準があいまいになる事情は多少理解できます。しかしパラリンピックの学校観戦は基準があまりにも不明瞭ではないでしょうか。

約4万人の児童・生徒がパラリンピックを観戦するとされる学校連携観戦プログラムは、共生社会への理解を深めることを理由に進められれています。「貴重な機会」、「教育的意義が大きい」など子どもの教育への良い影響を重視した判断です。会場への行き来は貸し切りバスを利用し、席の間隔はしっかりと空け、マスク着用を徹底。応援も声援ではなく、拍手。感染防止対策には力を入れています。中継動画を見ていると、無観客でスタッフのみであった時と比べ、拍手が圧倒的に大きいと感じますし、時折映るマスク姿の学生たちがスマートフォンで写真を撮る姿は観戦が貴重な経験であることを物語っているように思えます。

しかし、緊急事態宣言や感染拡大を懸念して、参加を見送る自治体も増えています。対象となる学生はワクチンを接種していません。また、拡大しているデルタ株は現段階で、子どもへの影響も大きいとされています。万が一、子どもが感染した場合、彼らの家庭がどうなるかは、容易に想像ができるでしょう。

夏川さんの言葉を借りるならば、「リスクに釣り合うものが本当に手に入るのか」ということです。現地でなくとも、テレビでの観戦からでも得られるものは少なくありません。なぜ学校観戦の実施に至ったのか、政府や組織委員会は基準を明確にした上で実施の是非を再考して欲しいと思います。

組織委員会の橋本聖子会長は16日の会見で「尾身先生の提言でもしっかり管理できる学校連携は、万全の態勢であれば観戦させるのはいいのでは、とあった」とし、学校観戦を後押ししていますが、五輪前と現在では状況が全く違います。自粛を呼び掛けている状況での学校観戦は「矛盾のメッセージ」です。

「会場に人が入っている」という状況が何を生み出すのか。一歩先を考えたうえでの判断が求められています。

 

参考記事:

23日付 朝日新聞夕刊 福岡6面4版「感染拡大と関連なし?一番の驚き」

26日付 朝日新聞朝刊 福岡1面14版「緊急事態21都道府県に」

26日付 朝日新聞朝刊 福岡4面14版「五輪「矛盾したメッセージ」」

26日付 読売新聞朝刊 福岡3面13版「パラ学校観戦苦渋の選択」

26日付 日経新聞朝刊 福岡43面12版「学校観戦、静かにスタート」

28日付 朝日新聞朝刊 福岡3面14版「重症者2000人「患者の集約を」」