原発立地自治体 安全を語る余地なく経済が回る

6月20日夜、静岡県知事選挙で川勝平太氏が再選を果たしたことが報じられた。翌21日、読売は2面、日経と朝日は3面に掲載され、いずれもリニア建設に言及していた。地方の首長選がここまで大々的に報じられるのは珍しく、世間のリニアに対する関心の高さの表れだと感じた。

筆者はリニアだけでなく、原発の再稼働の観点からこの選挙を注目していた。静岡県西部、御前崎市にある浜岡原子力発電所。東海地震の想定震源域に立地し、「日本一危険な原発」と言われることもある。福島第一原発事故後の2011年5月から運転停止の状態が続く。法令上、再稼働に地元の同意は必要とされていないが、福島の事故後に再稼働した原発は全て県と立地自治体の同意を得ており、国が14年に閣議決定したエネルギー基本計画もそれを推奨している。再稼働に慎重な川勝氏が再選したことで、リニアだけでなく浜岡原発の再稼働の道も遠のいた。

原子力発電は運転中にCO2を排出することがなく、また低コストで莫大な電力を安定的に供給できる発電方法として重要な役割を果たしてきた。とくに、電力需要の大きい大都市圏は事故が起こるまで原発に依存。福島のほか茨城の東海、新潟の柏崎・刈羽から首都圏などへ、福井の原発銀座からは関西圏などに供給されていた。

筆者が住む福岡も例外ではない。隣の佐賀県北西部の九州電力玄海原発で作られた電力などによって、博多駅から多くの人を乗せた電車が走り、中洲のラーメン屋台に明かりがともる。このように原発の電気を使っていながら、筆者はそこで働く人や地域のことを知らない。「原発ってなんだ?」気になったので向かってみた。

玄海原子力発電所(朝日新聞デジタルより)

最初に話を聞いたのは九電の社員用の寮付近にいた男性。この方は玄海原発の中央制御室の運転員で、仕事中は安全性に問題がないか常に目を光らせているという。「中央制御室」と聞けば、この質問をしないわけにはいかない。「柏崎・刈羽原発では中央制御室のセキュリティ問題が注目されたが、玄海原発はどうか」。男性は、「玄海原発の場合は四重のチェックがあり、柏崎のような顔パスなんてありえない」と自信を見せた。

別の中央制御室の作業員の方は土地収用法について、「この法律で原発を守らなければならないほどの保安上の問題は生じていないため、必要性は感じない」と答えた。

このお二方には玄海原発の安全性についても尋ねた。するとほぼ同じ答えが返ってきた。「玄海と福島は原子炉の仕組みがそもそも違うから安全」。福島のような事故なんてありえないという風だった。玄海が加圧水型軽水炉である一方、福島第一は沸騰水型である。沸騰水型は設計上、配管などを覆う壁を薄くせざるを得ないから、コストを抑えられる反面、安全性は下がる。壁を厚くできる加圧水型なら安全だと言うのだ。玄海が安全である理由はこの他にもあるが、非常用設備の入った部屋の水密化など、福島の事故原因との比較に終始していた。

筆者は話を聞きながら、福知山線脱線事故を起こしたJR西日本のことを思い出していた。05年、福知山線を走行していた通勤列車が速度超過で脱線して乗客と乗員合わせて107人が死亡するという国鉄民営化後最悪の事故が起きた。事故の主な原因の一つにATS(自動列車停止装置)の不備が挙げられ、これを機にJR西ではATSの整備が進められた。

一方、事故以前からATSに似たATC(自動列車制御装置)を導入していたJR西の新幹線部門では安全意識の改善に十分つながっていなかったことが有識者によって指摘されている。同じ会社に属していながら福知山線のことをどこか他人事としてみていたからであろう、15年に新幹線のボルト締めが不十分でカバーが外れる事故が発生。さらに、18年には異常音を放置して新幹線の台車に亀裂が入り、国交省から脱線事故につながるとして新幹線では史上初の「重大インシデント」の認定を受けた。

今回の原発職員の方への取材は時間に制約があるうえ、専門家でない筆者だったので、玄海原発が安全な理由のすべてを聞き出せなかったのかもしれない。ただ、もし仮に福島の事故原因を克服したからというだけで安全だと断定しているのなら、不安はぬぐえない。福島の事故原因をクリアすることは安全と言うための必要条件であって十分条件ではない。先の事故との違いだけで満足していると、JR西の新幹線部門の二の舞を演じる可能性がある。運輸業界では「絶対安全はない」と言われる。福島の教訓はかなり生かされていると思った一方で、過去の原発安全神話がどれほど払拭されているかについては疑問が残った。

 

ある原発職員の方は「原発の安全性が世間に十分に周知されていない」と語る。実際、原発周辺に住む高齢の男性は筆者の取材に1時間半も付き合って下さり、原発の必要性を話してくれたものの「原発は安全」とは一度も言わなかった。

世間の原発観を意識しているからであろうか。客の大半が原発職員という飲食店の経営者によると、福島の原発事故と九電が再稼働への賛成意見を投稿するよう社内などに呼び掛けていたやらせメール問題発覚以降、飲み会の数が大きく減ったという。

 

玄海原発が営業運転を開始したのは1975年。以来、立地自治体である玄海町は原発の恩恵を受けてきた。まずは、「電源三法」に基づく国からの交付金や原発施設の固定資産税など。財政的に豊かで、現在も地方交付税交付金に頼ることは無い。町内の飲食店は町の中心部だけでなく、そこから4㎞以上離れた原発周辺にも集中する。宿泊施設に至ってはほとんどが原発周辺だ。位置関係からも原発関係者が重要な顧客であることが分かる。原発は13か月内に一回、運転を停止し、点検をすることが法律で義務付けられている。この点検には大勢の作業員が訪れることから、経済効果も大きい。近年は原発稼働のための基準が厳しくなり、特定重大事故等対処施設の建設など巨大な事業が続いている。町は廃校となった中学校のグランドを223万円(2021年度)で貸し付け、そこに建設業者の作業員の仮設住宅ができていた。

原発職員は安全と思っているが、地域住民はそうではない。ただ、立地自治体は原発に経済的に大きく依存するから反対とは口に出さない。一方の原発職員は住民にどう映るかを気にして目立ったことはしない。「安全」について論じたくてもそれができない中で、原発マネーと原発稼働に伴う関係者の消費等で淡々と経済が回っていく様子がそこにはあった。

 

 

廃校となった値賀中学校のグランドに原発関係者の仮設住宅がつくられた(6月、筆者撮影)

 

参考記事:

朝日新聞デジタル「JR西『安全最優先』途上 のぞみ亀裂、『慌てて対策』指摘 宝塚線脱線事故、あす13年」

 

参考資料:

西日本新聞 ワードBOX 原発再稼働の地元同意

西日本新聞 ワードBOX やらせメール問題