作家で精神科医の帚木蓬生さん(74)が、オウム真理教事件を題材にした小説『沙林 偽りの王国』を新潮社から刊行しました。
麻原彰晃こと松本智津夫を教祖とするオウム真理教は「松本サリン事件」「地下鉄サリン事件」など常軌を逸した犯罪を続け、20世紀末の日本社会を揺るがせました。
帚木さんは出版にあたって、「科学的良心、人間としての良心は環境によって脆いものになると改めて痛感しました」と述べています。また、「人の弱さが浮き彫りになった問題であり、同様の事件はこれからも起こり得る」といいます。
倫理観、常識、そのようなものは環境次第では簡単に壊れてしまう。そうだとしたら、どうすれば良識ある判断を守れるのでしょうか。
帚木さんは、「ネガティブ・ケイパビリティ」に注目しているといいます。これは、問題に直面した時、早急な結論や過激な見解に飛びつかず、決められない状態を耐えて本質へたどり着く力を指します。これが必要だというのです。
「問題に直面した時、過激な見解に飛びつかない。」
未曾有の事態であるコロナ禍でも言えることではないでしょうか。コロナ禍の今、極端な考えや行動に出る人が増えているように感じます。
昨春には、行き過ぎた不安から周囲の非を過度になじる「自粛警察」現象が起きています。他にも、患者や医療関係者に対する誹謗中傷、アメリカでのアジア人ヘイトなど、世界各地で社会問題となりました。
経済を優先させるべきだという意見の人々が、持病持ちの方や高齢者に対し見下したような態度を取り、SNSで激しい暴言を吐いているケースも見かけます。ウイルスは大したことがないと最低限の手洗いや消毒さえ蔑ろにするケースも多いようです。
どれをとっても、極論といえるような判断をして、行動する人々が通常時より多く存在しています。コロナ禍という事態を前に、既に人の弱さは浮き彫りになっているのです。
コロナウイルスを克服するには長い時間がかかるでしょう。私達は過激な判断で傷つけ合うことなく「耐える」時期にいます。
「冷静さ」を持って、長い目で本質的な解決を目指すネガティブ・ケイパビリティは社会の病への良い薬となると思います。筆者も今日から、この思考を意識して、実践していこうと考えます。
参考記事:11日付 読売新聞東京13版朝刊 15面 「倫理を黒塗り」にする毒