投書から「置き勉」問題を考える

今朝の読売新聞に、興味深い投書がありました。50代の会社員の方からです。自転車で学校に通う次女のカバンが、教科書や補助教材、体操着、給食着などぎゅうぎゅうで重く、成長期の発育に悪影響を及ぼすのではないかというのです。

 この投書を読んで、自らの高校生時代の自転車通学を思い出しました。1時限目から6時限目までの教科書を背負い、片道5km先の学校に通っていました。カバンは重い時には約10㎏。学校についた頃には、肩や腰が痛く、思うように動かせない時もありました。ただ、それ以上に心配だったのが交通事故です。カバンの重さゆえに、時々バランスを崩し、車との接触事故を起こしそうになったこともあります。

 ただ、最近では、これらの懸念を払拭するべく、教科書などを学校において帰る「置き勉」を認める動きが各地で進んでいます。文部科学省が2018年9月に出した、通学時の荷物の重さなどへの配慮を求める通知に後押しされた形です。2019年1月9日の朝日新聞デジタルによれば、世田谷区のある小学校で、一部の教材の「置き勉」を認めたところ、子どもたちからは「ランドセルが軽くなった」「忘れ物が減った」という声が上がったようです。

 その他にも、学校教員が自らプリントを作成し、学ばせる動きもあるようです。先日、ある生徒を塾で教えていた時のこと。通学カバンが異様に軽いことに気づきました。話を聞いてみると、学校ではプリントを中心に、家では教科書を見て問題を解いているようです。そのため、朝の登校の際に持っていくのは、指定された教材のみ。「プリント学習が増えた。軽くなって楽だ」と話してくれました。

 「置き勉」が進むこと自体、私は賛成です。一方で、懸念もあります。それは教員の負担が増えることです。教科書無しで、プリントのみとなれば、必然的に教科書レベルの質の高いものになるでしょう。せっかく、教科書があるのなら、それを使ったら良いのではないかと思います。もしかしたら、保護者の目を気にしているのかもしれません。我が子の負担を考えることは当然ですが、教員の負担も考えることも大事です。生徒、保護者、教員の三者で、じっくりと「置き勉」問題について話してみてはどうでしょうか。

 

29日付 読売新聞朝刊(東京12版)10面(投書)「通学カバン 重すぎる」