職か命か 国家の宰相も迫られた決断

安倍首相の辞任表明。突然のニュースは国民に衝撃を与えました。7年8ヶ月の功績を讃え労う声。政治を私物化してきた「独裁政権」の退陣に喜ぶ声。強力なリーダーを失った今後の政界を憂う声。国内では様々な反応がありました。

「日本の顔」として国際政治にも一定の影響力を持っていた政治家の辞任は、海外メディアも大きく取り上げました。筆者はYouTubeを通じて、米CNNニュース、英BBCニュース、中東アルジャジーラなどの報道を視聴。しかし、日本とは報道の焦点が少し違っていたように感じました。大きく取り上げられていたのは、安倍政治の是非や日本政治の今後の行方、後継候補といったことではなく、「13年前にも病気で辞職した安倍氏が、難病を再発した」という経緯でした。

動画には視聴者からのコメントが相次いで投稿されました。「びっくりしたが、病気が快方に向かうことを祈る」「総理としての功績よりも、健康を優先した決断を尊重すべき」「権力にしがみつかない首脳の鑑だな、グッドラック」。辞任理由に驚きつつ、健康状態を心配する意見が大半を占めていました。

近年、世界の首脳による難病発症のニュースは殆ど耳にしません。米国史上では、太平洋戦争の勝利目前に高血圧性脳卒中で急死したF.ルーズベルト、前立腺がんや皮膚がんの手術を受けたレーガン、甲状腺機能亢進症や自己免疫障害を患っていたブッシュ(父)などがいますが、21世紀に入ってそのような例はありません。英国でも、網膜剥離とデュピュイトラン拘縮という手の腱膜の問題を抱えていたサッチャー以来、大病を患った首相はいません。それだけに「任期途中に持病で退任」という事実が驚かれたようです。

ただ、職か命か、難しい判断を迫られるのは、決して珍しいことではありません。日本最高の権力を有する者ですら病は思い通りにコントロール出来ないのですから、誰しもその可能性があります。筆者は、歌手の忌野清志郎とつんく♂を思い出しました。喉頭がんを患ったものの、歌手生命を優先したことで早逝した忌野。声帯を摘出して、自らの命を選択したつんく♂。どちらも苦渋の決断だったでしょう。

寿命を伸ばす方が常に大事だとは言いません。Quality of Life、すなわち生活あるいは生命の質という考え方もあります。それでも、命よりも職を優先して過労死する人が絶えない日本において、宰相が「健康を優先する」と宣言したことは意義深いと感じました。

辞任表明を好意的に受け止める世論が大きかったことにも安心しました。過去の功罪はさておき、病気なら仕方ない、潔い判断だった、と多くの国民が受け止めたことは支持率の急伸に表れています。どんな理由であろうと途中での職務放棄は許さない、無責任極まりない、という声よりも、同情的な反応が広がったことは、弱者に優しい社会づくりを進めていくうえでとても重要なことです。筆者も、安倍首相の1日も早い回復を祈念しています。

 

参考記事:

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安倍首相辞任を伝えるBBCニュース