「日本遺産」 知名度・魅力不足を解決するには…

読者の皆さんは「日本遺産」を訪れたことがありますか。日本遺産は、文化庁による新しい観光振興策です。ある地域の城郭、遺跡、伝統芸能、古民家、寺社仏閣、食文化など有形無形の文化財を、ひとまとめの「ストーリー」として遺産認定します。観光客の呼び込みに繋げ、地域活性化を実現することが目的です。制度開始の15年から今年まで104件が認定されました。

具体例を紹介しましょう。東京都八王子市の「霊気満山 高尾山 〜人々の祈りが紡ぐ桑都物語〜」。八王子は戦国武将の北条氏照によって開拓された街です。甲州との国境に接するため、関所や堅固な山城が築かれました。北条氏滅亡後の江戸時代には、養蚕業が大いに栄え、伝統工芸品の織物が誕生。養蚕農家たちは桑の栽培や蚕の生育の無事を祈るため、高尾山にある寺院に通いました。甲州街道の宿場町であったことから、浄瑠璃や芸妓などの娯楽も発展しました。

東京都西部で最大の都市となっている八王子の発展は、このような戦国、江戸時代から続く「桑都」としての歴史があってのものです。このストーリーのもと、八王子城跡、城跡出土の陶磁器、元城主の墓、関所跡、高尾山薬王院所有の古文書、仏像、寺門、護摩法要のお祭、養蚕農家だった古民家、八王子芸妓など、有形無形の場所、物、事、29件が構成文化財として登録されています。

読売新聞の昨日の朝刊は、この制度の知名度の低さが課題だと指摘しています。18年に文化庁が実施したアンケート調査では、70%以上が「日本遺産を知らない」と答えました。その最大の要因は、個々のストーリーが分かりづらいことだと思います。文化財単体であれば、実体が容易に連想できました。「松本城」と聞けば、松本盆地にそびえ立つ雄大な黒壁の天守閣、「日本書紀」なら古代史が綴られた貴重な文書、といった感じです。

それに対し「津和野今昔 〜百景図を歩く〜」「明治貴族が描いた未来 〜那須野が原 開拓浪漫譚〜」など、日本遺産のキャッチコピーは、具体像をイメージしづらくなっています。しかも、ストーリーの対象となる時代は、古代、中世から近代に至るまでの数百年単位になりがちです。多分野にまたがる歴史的な流れの分かりづらさが、ストーリーの魅力不足、ひいては日本遺産という称号の認知度の低さに直結しています。

ストーリーの流れや構成文化財を視覚的に分かりやすく伝えるには、情報発信が不可欠ですが、広報も不足しています。YouTubeを参照したところ、各日本遺産を紹介する動画は美しい風景を多用し、趣あるBGMも相まって、どれも魅力が伝わってくる動画となっていました。しかし、大半の視聴回数は1000回前後でした。他言語バージョンはほぼありません。

日本遺産のプロモーション映像(YouTubeより)

他にも課題はあります。多くのケースで、構成文化財が広域に点在しています。複数の市町村にまたがる例が多く、場所も田舎なので、構成文化財の全てをまわるのは車があっても難しいです。文化財へのアクセスを整備したうえで、一通りまわれるルートを提示することが必要でしょう。

加えて、儀式や祭り、踊りなどの無形文化は、観光客が常時見られるものではありません。実施期間外は魅力が低下します。VRゴーグルを貸し出してのバーチャルツアーや、郷土博物館での体験ブース設置など、別の選択肢も用意されていると良いかと思います。

このように問題は多々ありますが、制度そのものは非常に面白い試みです。有名な史跡単体だけでなく、それに関連する埋もれた文化財に脚光が当たるのが素晴らしいと思います。ストーリーの分かりづらさ、複雑さも、元々は歴史文化の奥深さに起因するものです。各市町村の積極的な取り組みにより、日本遺産の価値が向上していくことを期待しています。

 

参考記事:

15日付 読売新聞朝刊(大阪13版)13面「『日本遺産』地域振興に期待」

日本遺産ポータルサイト

https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/

文化庁「『日本遺産』について」

https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/nihon_isan/