交渉はサプライズから始まった。当日の朝にトランプ米大統領自らが交渉の場に出席すると、自身のSNSで発表したからだ。閣僚級の会議に、首脳が参加することは極めて異例である。
交渉前、私には1つ懸念があった。それは、2月に行われたウクライナのゼレンスキー大統領との会談を彷彿とさせるようなシチュエーションが整っていたからだ。アメリカというアウェーの地。大統領一派に迎えられ、少数で多数の閣僚と対面する。大統領の要求をのらりくらりと躱しては、不興を買う恐れもあった。
しかし、そんな心配は杞憂だった。ひとまずは交渉の継続を確認し、穏便に終わったようだ。手持ちカードの無駄打ちを避けながら、交渉の範囲を確認するという日本の目的はおおむね果たされたと言えるだろう。
問題は、貿易交渉であるにも関わらず、安全保障が俎上に上がったことだ。会談後のインタビューで、赤沢氏は為替の話題が出たことを否定しながらも、安保については否定しなかった。
他国に先んじて交渉の場に臨んだ日本の協議の動向は、今後の試金石でもある。今回、貿易以外に「飛び火」したことは、各国にとっても歓迎できるニュースではないだろう。特にNATO加盟国や、台湾に対しては米国側が大幅な防衛費の引き上げを迫ってもおかしくない。米国からすれば、日本を交渉の1番手にすることは同盟国相手であってもこれだけ強気に出るぞというアピールにも、優遇措置による寛大さを見せつけることもできる絶好の機会である。
貿易交渉は第一次トランプ政権でも行われたが、当時はTPPを離脱した米国が交渉を早期に妥結しようとした(安倍晋三回顧録)ことに加え、首脳間の信頼関係もあり、日本は聖域としてきた自動車への追加関税を免れた。しかし、今回は米国側にそうした酌むべき事情は見当たらない。
議論は米国のペースで進行している。加えて夏には参議院選挙も控える中での交渉は厳しいものとなるだろう。90日という短い期間の中でどのように、米国を納得させるのか。石破首相の指導力が問われる。
残念なのは、相互関税施行の初日に与野党が消費税や所得税の減税論、大規模な現金給付案といった迎合的な政策を打ち出したことだ。関税は本来、発動から数ヶ月後でないと影響が見えてこない。対策を先手先手で打つことは必要だ。しかし、首相が国難と位置づけたことをいいことに、安易なバラマキに走ろうとした各党の姿勢は、参議院選挙を意識しているとしか思えない。少数与党下である今国会、与野党双方に重い責任があることを忘れないでもらいたい。
参考資料
ドナルド・トランプ Truth Socialより
https://truthsocial.com/@realDonaldTrump/posts/114347128422370864
https://truthsocial.com/@realDonaldTrump/114349841902096375
https://truthsocial.com/@realDonaldTrump/114350746117310886
- 安倍晋三回顧録(中央公論新社)
参考紙面
4/18付 読売新聞 朝刊1面1頁 日米早期合意で一致
4/18付 同 朝刊7頁 経済面 赤沢経済再生相の記者会見要旨
4/18付 朝日新聞 朝刊9頁国際面 関税交渉「日本はモルモット」
4/17付日本経済新聞 朝刊1頁1面 トランプ氏日米交渉出席へ
4/15付 同 朝刊2頁総合面 社説 米関税をバラマキの口実にするな
著者:今井琉生 【東洋大】