街を歩いていると遠くから聞こえる、救急車のサイレン。お世話にはなりたくない、と誰もが思うものの、年間およそ600万人を無料で病院へ搬送している、極めて重要な存在です。ところが、近年「不搬送」となるケースが増え、救急業務を圧迫しているようです。
主な理由は「体調が心配で救急車を呼んだが、隊員に血圧などを測ってもらい安心した」、「家族が救急車を呼んだが、本人は病院に行く意思がない」、など。不搬送とは、「119番通報で出動した救急隊が、何も運ばずに引き返す」ことを指しています。朝日新聞が消防庁に情報公開請求して得たデータによると、この不搬送の件数が、14年までの10年間に約5割も増えたことが明らかになりました。いわゆる「空振り出動」が増えているのです。
不気味なのは、ここ10年で「現場到着までの平均時間が2.2分伸びている」というデータです。最寄りの救急車が全て出動してしまい、遠くから駆け付けなくてはならないことが主な原因です。現在、通報から到着までの平均時間は8.6分。2.2分伸びたことによる具体的な影響は、私にはわかりません。ですが、重症の場合には、一分一秒さえ惜しい場合がほとんどだと思います。決して軽視できる遅れではありません。
空振り出動が増えているのは、一部の利用者のモラルのせいではないか。そう言いたくなるところですが、実は高齢化に伴う大きなジレンマを抱えています。誤報やいたずら、現場処置(隊員が応急処置をして医療機関に搬送しない)よりも、拒否(家族らが通報したが本人が搬送を拒む)が理由の中で最も多く、不搬送の3割を占めています。自治体の「適正な利用を呼び掛けすぎると、まじめな人ほど救急車を使わず重症化する」という懸念も書かれており、「なるほど」と考え込んでしまいます。
自分や身近な人が危険な状態にあるとき、「救急車を呼ばない」ことを求めるのはとても難しいことです。緊急性のある患者と、そうではない患者を分けるため、医師も自治体も、対策を検討しています。興味深いのは、千葉市の「119番前」の対策です。頻繁に119番通報する人に、訪問や電話で悩みを聞く取り組みを始めました。このように、救急業務に対する認識を少しずつ変えていくことが、唯一可能なことではないかと思います。
参考記事:
8月17日付 朝日新聞朝刊1面 『緊急不搬送 10年で1.5倍』
8月17日付 朝日新聞朝刊3面 『困ったら119番 ジレンマ』