「移民は言葉を学ぼうとしない」。「子供に特別な補助金が出ている」。人の噂も七十五日と言いますが、うわさ話が悲劇的な事件に結びつくことは歴史上少なくありませんでした。移民問題に苦しむ欧州でも、根も葉もない言説がまかり通っているようで問題視されています。そんな中、朝日新聞のオピニオン欄に「うわさ」に注目した専門家のインタビューが掲載されていました。
「移民に関する否定的なうわさを打ち消す」、「反うわさ戦略」によって注目を集めているのがダニエル・デ・トーレスさんです。コンサルタントとして欧州各地で多文化共生政策について関わってきました。故郷バルセロナで働いていた時、彼の母親は「お前は移民のためにいろいろやっているけれど、彼らのせいで医療費が膨らんでいる」という不満を口にしました。彼女の言うような事実はありません。そんな誤解を取り除いていくことが必要なのではと考えたダニエルさんは、住民の意識に注目しました。
反うわさ戦略の最大の特徴は、独特の発信方法にあります。うわさに反証できるデータを集めた後は、一般の市民を「反うわさエージェント」として養成し、まさに草の根から変えていこうというのです。方法も非常に地道なもので、まず「うわさを耳にしたらその人に語り掛けてもらう」。説明用にヒップホップや演劇、コント動画まで用意しました。病院の待合室を舞台にしたコントは、非常にコミカルで親しみやすい内容でした。学校の先生や経営者を含む1200人がすでに活躍しているそうです。
難しいことを抜きにすれば、つまりは間違いを諭してくれるような「おせっかいさん」を増やす活動です。さて、私は記事を読んでいる時、「うわさを耳に」するという表現に少し引っかかってしまいました。移民についてのうわさなんて、直接聞いたことがありません。理由として思いつくのは、まず日本人にとってはまだ切羽詰まった話題ではないということ。加えて、風評はインターネット上で「目にする」ことが多くなったからではないかということです。もし「反うわさ戦略」をそのまま日本で活用しようとすればこの点で齟齬が出るのではないでしょうか。近所の人と話すうわさ話と違って、読みたいものは自分で選ぶことができるわけで、エージェントたちの活動と接点を持ちにくいのではないかと思うのです。
日本の都市がバルセロナほど多くの移民(人口の18%以上)を抱えるのは、かなり先の話になりそうです。ダニエルさんの「反うわさ戦略」も地域的な一例であり、どこの国や地域でも援用できるものではないかもしれません。ただ、「おせっかいさん」が少しでも多くいた方が、移民たちと良い関係を築けるのではないか。そんな確信に近い予感があります。
<参考記事>
1月23日付 朝日新聞朝刊15面 『インタビュー バルセロナの挑戦』