インド社会と新幹線

 決断力のない筆者は、帰省する時、新幹線にするか高速バスにするかで悩みます。新幹線なら大体1万円で2時間。高速バスならその半分程度の値段で約4時間。安いバスが魅力的ですが、車酔いのため本が読めないのが辛い。快適さも考慮すると、ますます決めにくくなってきます。しかし、もし値段の差が10倍以上だったら、迷う余地があるでしょうか。
 
 12日に日印首脳会談が行われ、原子力協定の「原則合意」とインドへの新幹線方式の導入を確認しました。安倍政権が成長戦略の柱としてインフラ輸出を掲げていたこと、そして10月にインドネシアで高速鉄道計画が通らなかったことを考えると、やっと目に見える成果が残せたことになります。NPTに加盟していない国家であるインドと原子力協定を結んでよいのか、という論点はひとまず置いておいて、今日はインドと新幹線について考えてみようと思います。

 新幹線とインドの情景は、どうしても結びつきにくいです。インドの鉄道といえば、電車に溢れんばかりに人が乗っている(時には実際に溢れている)様子が思い起こされます。事実インドにおける旅客鉄道は、安価な庶民の足という趣が強く、運賃は低く抑えられてきました。旅客鉄道は線路の60%を使っているのに、旅客収入は30%程度です。その理由は、中・短距離ではバス、長距離ではLCCといった強力なライバルいること、そして運賃を上げると低所得者層の交通に深刻なダメージを及ぼす可能性があるためです。さて今回採用の決まった新幹線は、ムンバイ-アーメダバード間(約500km)を2300ルピーと想定しています。これは、同区間の現在の最安値である200ルピーの11倍強に匹敵します。インドにはオーバースペックすぎるのでは?という懸念がますます強くなってきます。

 ですが、もう少し広いスケールで考える必要がありそうです。日本は新幹線の開通によって首都圏に住むメリットが増え、都市集中型の人口分布ができました。全国新幹線鉄道整備法によれば、新幹線とは「その主たる区間を列車が200キロメートル毎時以上の高速度で走行できる幹線鉄道」を指します。現状インドの鉄道は極めて低速で、特急列車であっても130km程度の速度制限がかかっています。日本の水準である時速300km程度の列車が導入されれば、それまで3時間かかっていたところを、1時間半くらいで行き来できることになります。

 「地方の会議に参加するには、泊まりがけの出張が必要だった。それが、新幹線が普及したおかげで夕方に本社に帰ってきてもう一つ会議に出られてしまう。新幹線ができた後の方が、結局忙しくなった気がするよ」。アルバイト先のOBさんが、こんな昔話をしていました。新幹線の影響は、個人の働き方や人口の分布など極めて広範に及びます。今回の協定は、インド社会の変革の嚆矢なのかもしれません。

<参考記事>
12月13日付 朝日新聞朝刊4面 『課題抱え「日印新時代」』
12月13日付 読売新聞朝刊4面 『対中国 日印の「新時代」』

<参考文献>
国土交通省『別冊「インド国鉄の概況」目次(2010 年度)』
http://www.mlit.go.jp/kokusai/kokusai_mn2_000004.html最終閲覧:2015年12月13日 17時23分

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