民主化との向き合い方

ここ数日の紙面は、ミャンマーの民主化に沸いています。

ミャンマーで8日に行われていた総選挙で、アウン・サン・スー・チー氏の率いる最大野党・国民民主連盟(NLD)が上下両院の過半数を獲得しました。警戒されていた選挙期間中の混乱も少なく、名実ともに民主的な選挙を経た政権が誕生することになります。

ですが、この歴史的転換をどう捉えていいのか、すっきりしないところがあります。民主化だ、民主化だと言われても、さて何がどう変わるのか。民主化の「民」とは、人口の7割を占めるビルマ族だけではありません。民族分布図を見てみるとわかるように、ミャンマーは多種多様な民族を抱え、その数は100以上に上ると言われています。

ミャンマーの民主化を素直に受け止められないのは、少数民族は民主化をどう思っているのだろう?と感じてしまうからです。もし私が少数派で、民主化に沸くミャンマーにいるなら、「やっと自分も発言できるようになった!」と感じるでしょう。さらに、それを保証する選挙権も、他の民族と同じだけ配られています。スー・チー氏の勝利を機に、勇んで陳情に向かう人もいるかもしれません。100以上の民族の利害調整なんて、一個人には想像もできない難題です。NLDには対応する準備があるでしょうか?

外国の反応も気になります。メディアがここ数日ミャンマーの話題で持ち切りなのは、「新しくなったミャンマーとうまくやっていけるだろうか?」という関心が少なからずあるからです。投資を活発化させている日本はもとより、東南アジア諸国はなおさら注意を払っていると思います。もし新しい政権が、周囲の国に負担を押し付け、考える姿勢を見せなければ、孤立の度合いは選挙前と変わらないかもしれません。

とはいえ、軍政下では議論されてこなかった問題がやっと見えるようになった、と捉えることもできます。民主化の恩恵が十分行きわたっているか、常に自問自答しながら進んでいく未来が見えるようです。

<参考記事>
11月14日(土)付 読売新聞朝刊1面 『スーチー氏野党 過半数』

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