オーストラリアのトニー・アボット首相は、ロヒンギャ族の移住を受け入れる可能性を完全に否定した上で、「新しい人生を始めたいなら、裏口ではなく玄関から 入りなさい」と話しました。オーストラリアに来たいのならば不法入国ではなく正規の手続きを踏んで入国すること、というニュアンスです。しかし29日の特別会合での論議を見る限り、参加国には「なぜ彼らが裏口から入らなくてはいけないのか」という観点が欠落していたように見えます。
ミャンマーのイスラム系少数民族であるロヒンギャを乗せた密航船が漂流している問題について、29日にタイのバンコクで特別会合が開かれました。いまも洋上を漂っている可能性がある約7000人への人道支援に加え、密航を手引きしている国際的な人身売買組織の摘発に取り組むことにも合意しました。
ロヒンギャ族はミャンマーで迫害を受けており、それに付け入る悪辣な密航業者が後を絶ちません。すし詰め状態の船でミャンマーを脱出したはいいものの、どの国にも受け入れられず海上をさまよったり、本来の目的地ではない国に連れて行かれ収容所で虐待されたりといった悲惨な現状が報告されています。今回の会合は、密航者たちの主な目的地であるタイの発案で開催されました。
しかしながら、参加国は問題の根源にまで踏み込むことにためらいがあるようです。そもそもこの会議は「ロヒンギャ」という名前を使用していません。国内の宗教問題に波及することを恐れたミャンマーがロヒンギャの名称を認めず、会合の参加に否定的だったからです。会合では、食糧援助など短期的措置、人身売買の撤廃など長期的措置、難民排出国の環境整備の三点を目指すことが決議されましたが、具体的な手立てを明示するには至りませんでした。
では密航業者に付け入られる隙を与えないためには何が必要なのでしょうか。「100ドルでマレーシアに渡れる」という希望にすがり、リスクまみれの旅をしなくてはならないのは、彼らが国内で生活する手立てがないからです。現在も海上で漂流している可能性のある密航者たちのことを考えれば、海外の受け入れ先を探すことは喫緊の課題ですが、安易に難民を受け入れる方針をとっては、いつまでも流出が続くことになります。「玄関」から入れない人は、いきおい闇業者に頼ることになり、密航を根絶すること自体が難しくなりかねません 。難民キャンプの環境改善も長期的な解決を図るうえで不可欠な課題です。そのためにもロヒンギャを迫害するミャンマー政府が政策を改め、関係国の提示する解決策を真摯に受け入れることが解決への近道です。
「支援金を好きに使ってくれ」「海上を漂流する難民を救助しよう」。これだけでは問題を根絶するところまで踏み込むことはできません。今回問題となっているアジアの国々のほとんどがASEANの一員です。欧米諸国の介入を排し自立を確保するという共通認識の下、多くの問題を協議によって域内で解決し、地域協力の確かな成功例を残してきました。今回も国際社会が学び取れるような実績を残せるかどうか、大きな試練に直面しています。
30日付 日本経済新聞朝刊 (東京13版)7面 「ロヒンギャ協議 平行線」
30日付 読売新聞朝刊 (東京14版) 9面 「ロヒンギャ 人道支援合意」