救済されない民間人空襲被害者 行く手を阻む「受忍論」

「民間人空襲被害者の救済を!」。防空頭巾を被りながら、河合節子さん(87)は道行く人に声をかけ続ける。1945年3月10日の東京大空襲で母と2人の弟を亡くした。2019年4月から国会前で続ける呼びかけ活動は、今年で188回を数えた。

(2025年11月27日 筆者撮影 議員会館前で呼びかける河合節子さん)

河合さんが加わる「全国空襲被害者連絡協議会(空襲連)」は、民間人空襲被害者への国家補償を求め続けている。今年7月、有志の野党議員らが38年ぶりに参議院に法案を提出したが、審議されることなく廃案となった。それでも、次の国会での再提出を目指している。

なぜ、民間人空襲被害者の救済は進まないのか

背景の一つとされるのが財政問題だ。戦後の復興や海外賠償問題を抱えていた国は、支援の対象を広げることで支出が膨らむことを懸念したとみられる。また、厚労省が作成した文書には「諸外国との間の問題に発展する可能性」が記されている。慰安婦や徴用工など、他の戦後補償問題へ波及することを警戒する空気は強い。「解決済み」としてきた問題を蒸し返したくないという政府の意図もうかがえる。

そしてもう一つが、「受忍論」の存在だ。

「受忍論」は、「戦争という非常事態における被害は、国民が等しく耐え忍ぶべきだ」とする理論だ。1968年に最高裁が初めて打ち出して以来、国の救済を求める民間人被害者の前に今も立ちはだかる。

一方、政府は戦後補償を一律に拒んできたわけではない。軍人・軍属やその遺族に対しては「恩給法」や「戦傷病者戦没者遺族等援護法」に基づき、累計60兆円以上を支給してきた。

空襲連の要望に対し、SNS上などでは「なぜ今さら」「お金が欲しいだけでは」「国民にも戦争の責任がある」といった意見も散見される。

先月30日、都内で「受忍論を乗り越える」と題したシンポジウムが開催された。「軍人も民間人被害者も、等しく尊ばれなければならない」。満席の会場で、河合さんは訴えた。

受忍論 いまこそ向き合いたい

「集団の被害や不利益は、そこに属する個人が等しく我慢するべきだ」。

こうした受忍論の空気は、戦後補償問題だけに留まるものだろうか。

過酷な労働環境、不条理なハラスメント、無意味な校則――。社会の理不尽に対して不満を漏らさず、耐え忍ぶことが「大人の対応」として求められる。声をあげた人は、「わがまま」として叩き潰される。そんな閉塞感が、今の日本社会にも漂っているように感じる。

いま受忍論に向き合うことは、私たちが日常の理不尽に抗い、自らの権利と尊厳を守るための問い直しでもあるはずだ。

 

参考記事
・2026年7月25日付 朝日新聞 空襲被害者救済、廃案に落胆
・2026年7月25日付 毎日新聞 空襲救済法、あきらめない 民間被害者ら会見「早期解決を」
・2025年6月29日付 朝日新聞 (戦後80年)救済、こぼれ落ちる市民 「受忍論」盾に応じぬ国、旧軍人らには60兆円
・2025年5月9日付 朝日新聞 (いちからわかる!)民間人の補償を阻む「戦争被害受忍論」って?
・2021年8月2日付 朝日新聞 (記者解説)戦災救済、民間置き去り 根底に「受忍論」、いびつさ見直しを 編集委員・伊藤智章