日が落ちるのが遅くなってきた今日この頃、見たくなるものといえば──
そう、夏の夜を舞う仄かな光、ホタルですね。先日、ふと思い立って繰り出しました。訪れたのは、日本でも珍しい、住宅地に囲まれた緑の中に自然のホタルが生息する横浜市の久良岐公園です。
午後7時半、夜の公園に足を踏み入れました。ホタルが出始める時間帯は7時過ぎで、8時前後がピークと言われています。また、気温は20度以上で曇り且つ無風の夜が好条件とされているのですが、その日は20度をやや下回り、風も少々吹いていました。正直なところ見えるかどうか怪しいな、という感じでした。
公園内の『ホタルの生息地』には、すでに何組かの子連れ家族が集まっており、穏やかな雰囲気が流れていました。しばらくじっとその場で待っていると、誰かが暗闇を指さしました。「おおっ」と上がる声の先を辿ると、そこに一つの小さな光が浮かんでいました。
もう少し大きければ人魂と間違えたかもしれませんが、もっと極小の米粒ほどの光が、不規則に水辺の草と草の間を縫うようにふわふわと行ったり来たりしているのです。間違いなくホタルでした。不思議と人慣れしているのか、私たちの方へ近づいてきます。その場にいた数人でホタルを囲むようにして眺める形になりました。ちょうど子供の目の高さを飛んでいました。
その日はコンディションが良くなかったのか、結局そのホタルを含めて二匹しか見ることはできませんでしたが、真っ暗な中で小さな一つ二つの光を追いかけるというのも趣深く、良い経験となりました。清少納言の気持ちが汲み取れて嬉しい気持ちになると同時に、また近いうちに「リベンジ」しようと心に決めたのでした。
この公園に生息するのは「ゲンジボタル」。あの光はオスがメスを求めて発するもので、成虫として飛び回れるのは1〜2週間ほどのことです。卵から幼虫、さなぎを経て成虫になるまでほぼ一年かけ、その命は儚くも美しく燃え尽きていきます。
ホタルは水と自然環境に非常に敏感で、生活排水が流れ込む水路や、コンクリートで固められた地面では生きていけません。住宅地の中で今もホタルが自然に育っている久良岐公園は、地域の人々が長年環境を守り続けてきた、全国でも数少ない場所なのです。
ホタルを愛でる習慣のルーツは平安時代にさかのぼります。『枕草子』だけでなく、紫式部の『源氏物語』にもホタルを眺める情景が描かれており、1000年以上前の人々もあの光に心を動かされていたことがわかります。
「螢狩(ほたるがり)」という言葉が生まれたのは江戸時代。俳諧から広まり、やがて狂歌、浮世絵、名所図絵へと裾野を広げ、宇治や石山といったホタルの名所も定着しました。庶民が夜の野に繰り出して楽しむ文化は、俳諧の繋がりを通じて全国へと伝わっていきました。
それから約350年が経ちましたが、ホタルを愛でる文化は、今もこうして受け継がれています。イルミネーションやネオンが溢れる現代にあって、わざわざ暗闇に目を凝らし、小さな命が発する光を待つという体験には、他で味わえない豊かさがあります。その時間は、平安の貴族も、江戸の庶民も、そして私たちも、変わらず楽しんできたものなのです。
参考資料
いそご多文化共生ラウンジ, 2025.05.11, 行ってみよう、ほたるが飛ぶ(とぶ)久良岐公園へ
まいぷれ, 磯野八景, 【磯子区☆ホタル観賞】神秘の光!ホタルを見にいこう
豊田ホタルの里ミュージアム研究報告書, 2015.3, 後藤好正, 「螢狩」という語が使われはじめた時期とその後の展開について
