壊れた心 帰らない故郷を想う

「平和になっても帰ろうとは思わない。人の心が壊れてしまったから」

2024年5月に技能実習生として来日したミャンマー出身の25歳の男性は、そう語りました。

21年2月1日、ミャンマー国軍はクーデターを起こし、1年間の非常事態を宣言しました。国軍は立法、行政、司法の三権を掌握し、アウンサンスーチー国家顧問ら与党幹部を拘束しました。前年の総選挙で、スーチー氏率いる国民民主連盟(NLD)が大勝したことに対し、国軍は「選挙に不正があった」と主張し、政権移行を阻止するための決起だと説明しました。

この国では、クーデター以降、内戦状態が続いています。さらに25年の大地震の影響も重なり、国内避難民は360万人に上るとされています。日本に暮らすミャンマー人も増加しており、現在は約16万人と、クーデター前の4倍以上になりました。

壊された社会

男性によると、クーデター当日は一時的に通信障害が発生し、インターネットが使えなくなったといいます。翌2日、軍系テレビの報道で初めて事態を知らされました。

男性は3日から抗議デモに加わりましたが、11日には参加者に死者が出ます。軍が初めて市民に向けて発砲したと見られます。クーデター後は、街の至る所で検問が行われ、反国軍側とみなされた人々が次々と逮捕されていきました。男性は、身近な人が拘束されたことで、デモに参加することへの恐怖を感じるようになったと話します。

当時大学に通っていましたが、情勢悪化によって通学が困難になりました。18年に入った大学をどうにか卒業できたのは、6年後の24年2月だったといいます。その間は仕事を転々としながら生活を続けていました。

以前のミャンマーは、「アジア最後のフロンティア」と称され、多くの外資系企業が進出し、経済成長への期待が高まっていました。しかし、クーデター後は企業撤退が相次ぎ、通貨価値も下落しました。男性は、「国民の生活は一気に苦しくなった」と振り返ります。

失業した人々の中には、犯罪に手を染める人も増えたといいます。強盗が増加し、「命よりもお金の方が価値を持つような社会になった」のです。国軍側は、強盗や殺人で逮捕された人物でも、賄賂によってすぐに釈放することがあるといいます。男性の知人も、違法薬物の売買で捕まったものの、短期間で戻って来れたそうです。また、失業によって昼間から酒を飲む人も増えました。生活に困窮した人々は、安酒を売る店で買うしかありません。実際に、そうした酒を飲んで亡くなった近所の人も何人もいたといいます。

男性は、友人たちと旅行に行ったり、一緒に食事をしたりした時間が、人生で最も楽しかったと話します。しかし、クーデター後は治安悪化などの影響で、友人と会うことすら難しくなりました。現在は、自らが日本に逃れている一方、友人たちは韓国やタイなどに離れて暮らしています。時差などの影響もあり、以前のように皆で集まって話すこともできなくなりました。

男性は、クーデター後の祖国について「人の心が壊れてしまった。元には戻らない」と語ります。「10年後、20年後も人の心は治らないと思う。だから、私はミャンマーには帰ろうとは思いません」。一方で、「料理もとても美味しい、海も山も歴史もあるミャンマーが好きです」と付け加えました。

クーデターは、人の命だけでなく、日常の暮らしや国の将来、そして人の心までも壊してしまうと男性は話をします。故郷を追われ、異国で暮らさざるを得ない人々は、世界各地にいます。日本では戦争やクーデターを日常として感じる機会は多くありません。身近な出来事ではないからこそ、苦難の地にも一人ひとりの人生があることを考え続けることが重要ではないでしょうか。

参考文献

・2026年4月19日 朝日新聞朝刊 (大阪)8面「(社説)ミャンマー 正統性なき軍政の継続」

・2026年2月2日 朝日新聞朝刊 (大阪)4面「銃声響く故郷、家に帰れる日は 内戦続くミャンマー クーデター5年」