本記事は、2026年4月13日に掲載した「【前編】大阪・関西万博開幕から一周年 夢洲のこれからは」の続きです。前編では、大阪・関西万博開幕1周年を記念して、12日に万博記念公園(大阪府吹田市)で開催された「EXPO2025 Futures Festival」の様子を報告しました。本記事では、4月8日から4月14日までの7日間、大阪メトロ中央線夢洲駅(大阪市此花区)の地上部分で開催された「EXPO2025 Futures Station」、そして25年12月から大屋根リングの解体工事が始まった会場跡の現状をお伝えし、夢洲のこれからを考えます。
万博記念公園でのイベントを午前中に楽しんだ筆者は、地下鉄で夢洲を訪れました。車内は、開催期間中のような混雑こそないものの、席の7割が埋まる程度には人が乗車していて、ミャクミャクグッズを身に着け、大阪万博の思い出話に花を咲かせる人も見られました。筆者にとって実に10か月ぶりの夢洲駅で、ある変化にすぐ気が付きました。通路を埋め尽くしていた自動改札機の大半が撤去され、4台しか残っていません。また、改札のすぐ横にある階段を彩っていたミャクミャクのラッピングも片づけられていました。もの寂しさを感じながらも階段を上っていると、耳馴染んだ元気な声が聞こえてきました。声の正体はミャクミャクで、大阪万博に思いを馳せる来場者を温かく迎え入れてくれました。
階段を上りきると、駅の案内表示を模した大きな看板がありました。イベント名「EXPO2025 Futures Station」と書かれています。この催しは周辺を「未来のつづきのはじまりの場所」として、駅に見立てた展示で埋められています。車内からの風景のように、大阪万博を写真で振り返る一角、路線図に願い事を書く会場、切符デザインの台紙にミャクミャクの描かれたスタンプを押すコーナーがありました。
夢洲駅を囲むように展示が配置されており、来場者は展示を見終わるまでに夢洲駅の周りをぐるっと一周するように工夫されていました。この配置には理由があります。工事中である会場跡地に立ち入ることができないようにフェンスが夢洲駅を囲むように設置されているためです。東ゲートに続いていた道も通れないようになっていて、夢洲の北に位置する夢舞大橋に続く道だけが開かれていました。自分が夢洲に訪れた日は、万博を懐かしむイベント客で混雑していましたが、普段は工事関係者くらいしか訪れないのでしょう。人で溢れかえっていた万博開催期間と現在の様子を比べ合わせると、これが諸行無常かと思えてきます。
フェンス越しには、解体工事中の大屋根リングの姿を見ることができました。自分の目にはかなり進んでいるように映りましたが、朝日新聞の報道によると、解体されたのは3割ほどに過ぎないそうです。リング部分は解体されているのに、エスカレーターが撤去されていない光景からは、無用の長物を指す芸術概念「トマソン」の言葉が浮かびました。
せっかくなので、唯一通ることのできる夢舞大橋に続く道路を歩いてみました。夢洲駅から徒歩30分くらいの橋までを結ぶ一本道になっています。夢洲は、隣接する舞洲とは橋(夢舞大橋)で、咲州とは海底トンネル(夢咲トンネル)でつながっているので、自動車で行き来することができます。道中にあるお店は、コンビニエンスストア1店舗だけですが、運送業者やツーリング客の休憩場所として利用されているようで、思いのほか賑わっていました。
大阪万博の面影は解体途中の大屋根リングだけではありません。ずらりと並んだポールからも感じられます。参加した国や地域などの旗を掲げるために使われ、東ゲートと西ゲートの2箇所で167枚の旗が掲揚されました。旗は降ろされ、ポールのみが直立している無機質な光景にはどこか違和感を覚えます。
さて、道路に戻りましょう。大屋根リングの解体がより広範囲にわたって確認できたほか、会場跡地に隣接しているエリアで進められているIR(統合型リゾート)の工事も確認できました。帰る途中で立ち寄った、咲州にある高さ256mのさきしまコスモスタワーからも、夢洲での工事の全体像がよく見えました。
これまで勘違いしていたのですが、IRは万博の跡地ではなく、その北側、夢洲第1期区域と呼ばれるエリアにできます。IRの本体工事は去年4月に始まっていて、30年秋ごろに開業予定です。カジノ、国際会議場、三つのホテル、大規模バスターミナルなどが整備されるそうです。
大屋根リングの北東部約200mを残すことは決まっていますが、夢洲第2期区域に区分される会場跡地の今後については、まだ確定していない部分も少なくありません。大阪府・大阪市が25年10月に策定したマスタープランVer.2.0によれば「万博の理念を継承し、国際観光拠点形成を通じて『未来社会』を実現するまちづくり」をコンセプトに6つのゾーンを作る予定です。隣接する第1期区域(IR区域)との連携を目指すゾーン、大阪ヘルスケアパビリオンの取組を後世に継承するゾーン、万博レガシーを将来世代へ継承する公園・緑地等ゾーンなどがあります。最後のゾーンに関しては、26年2月に大阪府・大阪市が公開したマスタープランVer.3.0(案)で未来像が示されています。それによると、記念公園ゾーンと名称を変更し、大屋根リングの一部を展望台として残し、その周辺部分を公園として整備したうえで、万博に関する記念館の設置が予定されています。
万博の記憶を残す方向で話が進んでいるのは嬉しいことですが、不安な点もあります。カジノを含むIRが建設される第1期区域と万博レガシーの継承を目指す第2期区域を無理なく調和させることができるかという点です。1970年の大阪万博の跡地にできた万博記念公園や記念館「EXPO’70 パビリオン」、さらにはシンボルであった「太陽の塔」などをもとに、今度の記念公園の姿をイメージすると、華やかなIRにはそぐわないように思えてしまうのです。
半世紀以上昔の大阪万博の記憶を形にした万博記念公園が憩いの場としてすっかり定着したように、今回の公園、そして夢洲全体が人々に長く愛される場所になることができるのか。その行方を注視しようと心に決めました。通路を埋めるほどの自動改札機が再び必要となるくらい、この場所が人々で溢れる日を願いながら、少ない改札機を通り抜け、夢洲を後にしました。
参考記事:
・2025年12月5日付 朝日新聞デジタル「万博の「大屋根リング」、解体始まる 西側の屋根部分など撤去進む」
https://www.asahi.com/articles/ASTD522F8TD5OXIE027M.html
・2026年4月14日付 朝日新聞デジタル 「万博会場の今、姿消すパビリオン リングは3割解体 開幕から1年」
https://www.asahi.com/articles/ASV4F2S5CV4FPQIP00FM.html
・2025年4月25日付 読売新聞 「万博会場に隣接する大阪IR、本体工事が開始…2030年秋に開業予定」
https://www.yomiuri.co.jp/local/kansai/news/20250425-OYO1T50050/
参考資料:
夢洲第2期区域マスタープラン Ver.2.0
https://www.pref.osaka.lg.jp/documents/117712/masterplanver2.pdf
夢洲第2期区域マスタープランVer.3.0(案)の作成方針<夢洲における万博レガシーの継承と発信について>
https://www.pref.osaka.lg.jp/documents/125434/20kaishiryou5.pdf








