4月も半ばとなり、新年度にも慣れてきたころではないでしょう。新たな出会いがあり、楽しみもある一方で、年度はじめや長い休みが明けるころに自殺者数が増加することが示すように、新たな環境で自身の居場所を見つけることは簡単ではありません。とりわけ学校という限られたコミュニティに所属している子どもたちにとって自己を認めてもらうことは大きな意味を持っています。
しかし、子どもたちは、これまで関わってきた人々や経験が少ない分、自身の感情や体験したことのない出来事にどのように対処すればいいのかわからないことが多々あるでしょう。4月15日付の読売新聞夕刊は、京都府南丹市の男児行方不明事件の結果を受け、教育委員会がスクールカウンセラーや養護教諭の増員を決定したと報じました。これは、不安定になりやすい多感な時期の子どもたち心のケアのためであり、大人の担うべき役割であると言えるでしょう。
「大人は現代社会を生きる子どもたちとどのように関わっていくべきなのか」。昨今の流行を例にしながら考えていこうと思います。
昨今、「シール帳」や「シール交換」がブームとなっています。情報番組や新聞紙面でもブームのきっかけの解説や実際にシールに夢中になる子どもたちへのインタビューが見られます。筆者が小学生であった10年前にも、友達と「遊び」としてやっていました。ですが、昨今のブームは当時とは大きく異なっていると感じます。
まず、彼らがシールを集めている目的が、「孤立しない」ためであるという点です。「シール交換をする」ということは彼らがコミュニティにいるための最低条件として機能しているのです。また、先のインタビューでも、親が高くても買い与えるのは、子どもがコミュニティから外されないようにするためと言っていました。交換を見ているだけの友人も筆者の世代にはいましたが、今は「交換できない人≠友達」という認識になってしまうのかもしれません。
また、集めるシールも、ボンボンドロップシールに代表されるような誰ももっていないレアなものであることが重要なようです。筆者は、「自分が気に入ったもの」や「好きなキャラクター」といった基準で集めていましたが、今の子どもたちの中では、レアなシールをもっていることでコミュニティ内でより優位な位置につくことができ、憧れられる存在になるのです。
つまり、彼らは「自分」という存在を他者に認めてもらい、コミュニティに居続ける手段としてシール帳やシール交換を用いていると捉えることができます。純粋に楽しんでいる子どもも一定数いるでしょうが、ある子どもがインタビューの中で、以前持っていたシールについて「交換しちゃったから」ではなく、「とられたから」と表現したことから分かるように、シール交換という行為そのものが単なる「遊び」ではなくそれ以上の意味を持っていることが理解できます。
今、大人がシールを集めるとしても、子ども時代を回顧した楽しみとしての部分が大きいと思います。それは、友達以外にも会社や家族といった様々なコミュニティに所属し、自身の居場所を様々な形で見つけることができるからです。
ですが、子どもたちは「学校」という閉鎖的なコミュニティの中で、子どもたち独自のルールのもと子どもの社会を構成しています。「みんな仲良く」という教育方針の中で、自身の個性を尊重することや大多数とは異なる意見を表明することは簡単ではありません。
小学生のシールブームと同様に、女子高生がSNS投稿用の写真を撮るため、友達と制服の着こなしや髪型などを揃えディズニーに赴く「制服ディズニー」も「JKのスタンダード」となり、彼らのコミュニティにおいて、重要な役割を担っているのでしょう。ただ、年齢が高くなるにつれ、自己表現の場や機会は増え、コミュニティも拡大していきます。それは、皆と同じやり方で皆と同じような自分を演じなくても良くなるということです。
こういった自分らしさや自分の価値観を尊重した交友関係を築くことや積極的に自身を表現することの良さは、自分の意見を言ったら、一人になってしまうかもしれないと考える子どもたちにとって簡単に理解できるものではありません。
ですが、学校以外にもこんな世界があるんだよと伝えることができるのは大人であり、それを体現できるのも大人です。日本型の教育体制ではなかなかこのような考え方を良いものだと伝えることはできません。
昨今は、SNSが普及し、オンライン上での評価やコミュニケーションに焦点が置かれ、目に見える表面的な「いいね」数などが重視されてしまいがちです。こういったSNSや流行に左右される閉鎖的なコミュニティで生活する子どもたちにどのように関わっていけば良いのか。まずは、大人が自身の自己表現や他者との関わりを捉えなおすことから考えてみることも一つかもしれません。
参考記事
4月15日付 読売新聞(夕刊)大阪4版 9面「児童の心のケア強化」