クジラの街の光と影(前編)――博物館から見る太地町

 本州の最南端近く、紀伊半島の南東部に位置する和歌山県太地町。古くから「古式捕鯨発祥の地」として知られ、今なおクジラとともに生きてきた歴史が感じられます。車で町に入ると早速、巨大なクジラのモニュメントや看板が迎えてくれ、町全体がクジラの街といった雰囲気です。そんな土地のシンボルが、世界でも珍しいクジラとイルカに特化した「太地町立くじらの博物館」です。

 太地町立くじらの博物館には、クジラだけでなくイルカの展示も数多くあります。鯨類はヒゲクジラ亜目とハクジラ亜目の2つのグループに分類され、その中に14の科があり、さらに細かい種になると94種も存在します。一般的に「イルカ」と呼ばれるのは、ハクジラ亜目の比較的小さな個体(およそ4メートル以下)であり、身体の構造はクジラと本質的な違いはありません。

 博物館の2階には、五感を使ってクジラの生態を知ることができる体験コーナーが設けられています。オキゴンドウが1日に食べるエサの重さを体感したり、サメとイルカの皮膚のレプリカを触って比べたりできます。このエリアでは多くの親子連れが楽しそうに過ごしていました。

 さらに奥へ進むと、先ほどの体験コーナーの楽しい雰囲気とは一変した生々しい展示が現れます。ホルマリン漬けにされたセミクジラの臓器や、シャチの胎児などがそのままの姿で展示されているのです。これらを目の当たりにすると、クジラが私たちと同じ哺乳類であることを改めて実感させられます。

 私たちが「クジラ」と聞くと、まず肉のイメージが思い浮かぶかもしれません。小中学校の給食で「鯨の竜田揚げ」を食べた記憶がある人も多いでしょう。しかし、クジラは「捨てるところが一つもない」と言われるほど、全身の部位があらゆる用途で使われてきました。世界で捕鯨が商業化した大きな契機も、肉ではなく「鯨油(げいゆ)」の採取でした。皮や骨などから取れる鯨油は、かつては蝋燭などの原料や機械油として重宝され、マーガリンや石鹸、化粧品などにも幅広く利用されてきた歴史があります。

 博物館の隣には「太地マリナリュウム」という水族館も併設されており、イルカショーやクジラショーが楽しめます。中でも自然の入江に作られた会場でのゴンドウクジラショーは圧巻でした。巨体が水しぶきを上げ、宙に舞う姿はこれまで見たことがない大迫力の光景です。さらにイルカショーの終了後には、イルカと触れ合って記念撮影ができるイベントも開かれており、多くの子どもたちが笑顔を浮かべて駆け寄る姿が見られました。

 観光地である太地町。ですが、2009年、当地でのイルカの追い込み漁をテーマにした米国のドキュメンタリー映画「ザ・コーヴ」が公開されます。以降、町は激しい国際的論争に巻き込まれます。次回は「太地町と捕鯨」について、考えてみます。

参考

・「ニュートン別冊 鯨と人類」(2026年3月号)

・太地町ホームページ「くじらの街」