「プレバンキング」とは何か 関東大震災から考えるフェイクへの対策

1日、関東大震災の発生から103年を迎えました。「防災の日」とされる当日は、各地でさまざまな災害を想定した避難訓練が行われました。一方で、私たちが備えるべきもう一つの脅威が「偽情報(デマ、フェイク)」です。大震災で多くの犠牲を生んだ偽情報は、現代でも災害や選挙のたびに拡散し、人命や社会を脅かし続けています。拡散後の修正には限界があるなか、事前に対処する「プレバンキング」などの新たな対策が求められています。

 

■関東大震災

関東大震災は、1923年9月1日に発生したマグニチュード7.9と推定される大地震です。相模湾北西部を震源とし、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、山梨県で震度6を観測しました。地震の発生が午前11時58分と昼食の時間と重なったことから、各地で大規模な火災も生じました。死者・行方不明者は約10万5千人と言われています。

悲劇はそれにとどまりませんでした。「災害流言」と呼ばれる多種多様な誤情報・偽情報が流れたのです。「朝鮮人が略奪や放火をした」「井戸に毒を入れた」などのデマが飛び交い、住民に限らず行政当局、更には一部の報道機関も信じ込みました。

その結果、自警団や群衆、軍、警察が各地で検問を始め、多数の朝鮮人労働者や留学生らが殺害されました。その被害者の正確な数はわかっていませんが、粘り強く調査を続ける人たちにより、相次いで公的記録が発掘されています。新編埼玉県史によると、県内では約200人が殺されたとされます。政府の中央防災会議が09年にまとめた報告書は「官憲、被災者や周辺住民による殺傷行為が多数発生した」「殺傷の対象となったのは朝鮮人が最も多かったが、中国人、内地人も少なからず被害にあった」と記しています。

 

■近年の震災における偽情報

現在においても、災害が発生するたびに偽情報・誤情報が流されています。11年の東日本大震災では、千葉県にある製油所で爆発が起きたあと「有害物質の雨が降る」といった誤った情報がSNSやメールを通じて多く飛び交い、16年の熊本地震では「ライオンが動物園から逃げ出した」との虚偽投稿がSNS上で広まりました。

災害時の偽情報の流布は、犯罪行為に該当しかねない悪質な行為です。24年の能登半島地震では、被災者を装い虚偽の救助要請を投稿した男が、偽計業務妨害の容疑で逮捕されました。救助活動を妨げることは、本当に救助を求めている人々の命さえ奪いかねません。

 

■偽情報がもたらした混乱、選挙における「認知戦」

近年は、偽情報が選挙に混乱をもたらす事例が多く発生しています。25年10月の宮城県知事選では、民間のメガソーラー事業を県が「大歓迎」といった虚偽の情報が拡散したり、村井嘉彦知事や県議らを中傷する投稿が飛び交ったりしました。今月13日投開票の沖縄県知事選を巡っても、すでにSNSを中心に真偽不明の情報がみられています。

選挙において、これらの偽情報が意図的に流されるケースでは、他国による介入が疑われる例も少なくありません。各国では、外国勢力がSNSなどを通じて世論や投票行動に影響を与えようとする「認知戦」への警戒感が高まっています。日本においては、25年7月の参院選や今年2月の衆院選などをめぐり、外国勢力による工作の可能性を指摘する分析が、研究者や民間の専門機関から示されています。

 

■「ファクトチェック」の限界

東洋大学の小笠原盛浩教授らによるオンライン調査では、今年2月の衆院選で「有権者が見聞きした偽・誤情報の約8割が、事実だと誤解されていた」という実態が判明しました。小笠原教授は、短期の選挙戦でファクトチェックが追いつかず、デマが正しい内容として視聴者の記憶に定着してしまった可能性もあると指摘します。

公開(拡散)された情報が正しいか否かを検証する「ファクトチェック」は、各新聞社やテレビ局が取り組むなど、一般的なものになってきました。しかし、小笠原教授の指摘にもありますが、ファクトチェックには偽情報・誤情報の訂正という効果が生じるまでに時差が生じてしまいます。

 

■予防策としての「プレバンキング」

そこで注目したい対策があります。選挙や災害といった特定の期間・場合に流されそうな虚偽内容を予習しておく「プレバンキング(Prebunking)」という手法です。情報の拡散に先手を打ち、先回りして対処することが可能です。

NPO「ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)」が手掛けるサイト「ファクトチェック・ナビ」(https://navi.fij.info/)は、近年の選挙に関する真偽不明の情報を検証したメディアやNPOの記事を紹介しています。

FIJによると、25年7月の参院選期間では、外国人がらみの言説に対する検証が3割ほどを占めました。外国人のせいで治安が悪化したり、外国人が社会保障を乱用したりしているなどの言説が流れましたが、それが「誤り」だと指摘しています。「期日前投票はブラックボックスで不正し放題」や「開票率0%で当選出るのは絶対インチキ」とうたった選挙そのものに対するデマに対する検証も紹介されています。

過去の選挙戦においてどのような偽情報・誤情報が広まったのかを知ることは、今後の選挙において真偽を判断する糧となるでしょう。同様に、災害時にどのような情報が広がり、どのような混乱が生じたのか、歴史を辿ることも欠かせません。

 

関東大震災では、偽情報が人々の不安をあおり、多くの尊い人命を奪う凶器となりました。SNSが発達した現代社会においては、その本質が変わらないどころか、増幅されています。災害時の混乱や選挙における「認知戦」など、偽情報は常に社会の隙間を狙っています。

物理的な災害避難訓練と同様に、情報に対する事前学習を日ごろから取り入れて「偽情報」に惑わされない対抗策に一人ひとりが取り組むことが、今まさに求められています。

 

参考記事:

・2026年9月3日付 朝日新聞デジタル 「沖縄県知事選も標的か SNS使った「認知戦」に警戒感高まる」

https://www.asahi.com/articles/ASV913DJ8V91UTIL009M.html

・2026年9月1日付 朝日新聞(西部) 朝刊1面 天声人語

・2026年9月1日付 読売新聞オンライン 「防災の日に合わせ「総合防災訓練」…高市首相ら、防災服姿で徒歩で官邸参集」

https://www.yomiuri.co.jp/politics/20260901-GYT1T00161/

・2026年2月19日付 朝日新聞デジタル 「衆院選で触れた偽情報、8割が事実だと誤認される 東洋大教授が調査」

https://digital.asahi.com/articles/ASV2L20SPV2LPTIL00YM.html

・2026年1月27日付 朝日新聞デジタル 「過去の選挙で拡散した偽情報をチェック 『プレバンキング』で予防を

https://www.asahi.com/articles/ASV1P1R17V1PPTIL00CM.html

・2024年8月30日付 朝日新聞デジタル 「関東大震災の朝鮮人虐殺、否定論やまず 公的記録、相次ぐ『発掘』」

https://www.asahi.com/articles/ASS8Z2J1XS8ZUTIL02TM.html

・2024年7月24日付 日経電子版 「災害時のSNSデマ、警察が厳格姿勢 安易な拡散は要注意」

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE242390U4A720C2000000/

 

・2026年9月1日付 西日本新聞 1面 春秋

 

参考資料:

・内閣府 「関東大震災100年」特設ページ

https://www.bousai.go.jp/kantou100/

・東京都弁護士会 「関東大震災時の朝鮮人・中国人虐殺を教訓にヘイトスピーチ・ヘイトクライムを根絶するための施策などを求める会長声明」

https://www.toben.or.jp/message/seimei/post-804.html

・NHK 放送文化研究所 「“災害流言“誤情報・偽情報に備えるために」

https://www.nhk.or.jp/bunken/d/research/domestic/BUNA0000010740080002/

 

(最終閲覧はすべて2026年9月4日)