「オタク街」を歩く

「オタクの街と言えば?」と聞かれたとき思い浮かべるのはどこでしょうか。きっと多くの方が、東京・秋葉原と答えるかと思います。しかし、オタク街は秋葉原以外にも、東京・池袋や大阪・日本橋(にっぽんばし)などいくつか存在しています。

 

先日、ゼミの活動で「オタク文化を知る」ことを目的に、大阪・日本橋を中心に街歩きをしてきました。そこでの経験を踏まえ、オタク街について考えていこうと思います。

 

そもそもなぜメディアを専攻する学生が、オタク街に出向くのかということについて説明しておこうと思います。メディア研究の中に、「メディアと都市」という分野があります。簡単に言うと、都市そのものを一つのメディアとして捉えたとき、それがどのように人々に影響を与えているのかといったことを探求するものです。これを踏まえると、オタク街=メディアとして捉えることができるのです。また、特定の都市でのコミュニティがファン文化を考えるうえでも重要な要素となってくるのです。

 

大阪・日本橋は、歴史をたどると電気の街として栄えてきたようです。日本橋筋商店街振興組合によると、

・江戸期に上方では最大規模の宿場町として発展

・明治期、新世界での「内国勧業博覧会」の開催に伴う「大阪市電」の開業

・その後、もともと古物を扱う店が多くあったことで、東京・神田と並ぶ古書店街となる

・その集客力を生かして当時、庶民向けではなかったレコードやラジオを扱う店が軒を連ねるようになる

という過程を経て電気街として発展していきます。

 

平成に入ると、家電量販店の急拡大によって電気街としては衰退に転じます。しかし、専門性の高いパソコンやマルチメディア関連の店舗は成長の途上にあり、これらに関連したゲームやアニメ関連の店舗が多く進出をはじました。これにより現代のオタク街としての日本橋が成立しました。

 

実際に街を歩いていると、ブラウン管テレビや旧型のラジオを扱う電気屋がある一方で、アニメイトに代表されるアニメ関連店舗もあり、先に紹介した成立までの歴史を感じられます。オタク街というとアニメのイメージも強いですが、「メイドカフェ」や「コンカフェ」も数多くあり、様々な文化があることを気づかされます。

 

都市そのものがメディアであると最初に紹介しましたが、街を歩くことでその意味を理解できます。大阪の観光名所として知られる「グリコ」前や道頓堀に極めて近い位置にありますが、それらとは異なる「オタク街としての日本橋」という独自の空気感をもっているように思います。皆が思い思いに「好きを隠さず表現できる場」としてのオタク街いう感じでしょうか。

 

筆者は関西に住み続けて20年であり、これまでも心斎橋などには足を運んできましたが、その先にある「オタクの街」に足を踏み入れたことはありませんでした。これまで自身が関わることはない世界だなと思ってきましたし、日本橋がオタク街であることも知りませんでした。今回のようなきっかけがなければ、そこに足を向けることも、メイドカフェを体験してみることもなかったでしょう。ですが、実際に訪ねたことで、先に紹介したメディアとしての都市をより深く理解できるようになりました。

 

オタクと言っても、アニメが好きな人もいれば、コンピュータが好きな人もいる、または、アイドルが好きかもしれない。そういった多様なオタクたちの文化に触れることも、案外面白いかもしれません。世界でコンテンツの配信市場が拡大する現代社会において、アニメや映画とともに「オタク街」も日本カルチャーの一つとして広まっていくのでしょうか。

 

 

参考記事

5月26日付 読売新聞(大阪13版)1面「編集手帳」

 

参考ページ

日本橋筋商店街振興組合https://www.nippombashi.jp/history.php#section1