海外では日本より気軽に舞台芸術やアートを楽しめる環境が整っているのはなぜでしょうか。今回は、旅先で出会った方に誘われ、共にオペラや美術館を楽しんだ実体験から、なぜ芸術が身近なのか、その理由を紐解いていきます。
筆者はヴルタヴァ川の情景を描写した交響詩『モルダウ』でも有名なチェコ・プラハで、オペラの『魔笛』や『ナブッコ』を鑑賞しました。ドイツ語やイタリア語であるため、歌詞は分かりませんでしたが、歌手たちの演技もオーケストラピットからの音色も圧巻でした。
チケット代が高価なのではという心配は全く必要ありませんでした。学生が対象の立ち見席ならば、舞台からは離れますが、2,000円程度で本格的なオペラを体験できます。一番高い席でも1,590Kč(チェココルナ)、当時のレートで1万円ほどでした。当日のチケット購入でも、指定できる席には多くの選択肢がありました。
1783年に完成したエステート劇場
現在でも当時の姿を保っている
(チェコ・プラハにて2024年9月3日撮影)
一方の来日公演では、この数倍以上の価格で販売されています。多額の費用がかかるためです。出演者の渡航費はもちろんのこと、壊れ物である楽器の輸送には細心の注意が必要であるため、高価になりがちなのです。日本では手が届きにくいオペラ。わざわざ海外に渡航して、各地のオペラ座を巡る日本人もいました。
歌劇場自体が持つ歴史的価値も格別です。筆者が訪れたチェコ・プラハの「エステート劇場」は、モーツァルトが1787年にオペラ『ドン・ジョヴァンニ』を初演し、自ら指揮したことで知られています。モーツァルトが指揮をした劇場の中で、当時の姿のまま今も残っているのは、世界でここにしかありません。
中世にタイムスリップしたかのようだ
エステート劇場にて筆者撮影
海外の多くの歌劇場は非営利団体が運営し、チケットの収入よりも国や地域からの多額の助成金や企業・財団からの寄付金で大部分が賄われています。文化への投資により、チケット価格を抑えることが実現しています。
日本の文化への支出額は他国と比べると少なめで、フランスの8分の1程度、アメリカやイギリスの半分にとどまっています。19世紀のフランスでは、美術館について「国民教育を最大の目的」と位置づけました。そのため、誰もが平等に学べるよう入場料を無料にしていたほどです。イギリスでも、文化は公共の財産であるという考えが根強く、現在も多くの美術館が無料公開されています。このように、海外では芸術を高尚な趣味ではなく、身近な娯楽として浸透させているのです。
日本はフランスの8分の1、アメリカやイギリスの半分にとどまる
日経電子版、『「人材育成、長期視点で」 文化予算はフランスの8分の1』より引用
また、海外の美術館の多くでは、作品の写真撮影ができます。帰宅後に写真を見返すことで、現地では気づかなかった細かな描写や新たな発見を楽しめるのも大きな魅力です。
モナ・リザやミロのヴィーナスなど38万点を収蔵するルーブル美術館
(2024年9月18日筆者撮影)
撮影を認める背景には、SNSを活用した戦略があります。来館者が投稿する写真は、展示の魅力をリアルに伝えることができるためです。結果として来場者を掘り起こしてくれるのです。
日本でも、写真撮影を可能にする動きが広まりつつあります。5月24日まで開催中のアーティゾン美術館のモネ展でも、一部の作品を除き写真撮影が認められています。
これまで撮影が制限されてきた背景には、主に3つの理由があります。
1つ目は、鑑賞環境の維持です。「”カシャ”というシャッター音が気になる」「静かに鑑賞したい」といった来館者への配慮に加え、撮影のために作品の前で長時間立ち止まる人が増えれば、混雑を招き、他の人の鑑賞を妨げる恐れがあるためです。
2つ目は、収益面への影響です。美術館は図録やポストカードなどの販売を重要な収益源としています。自由に撮影ができるようになれば、こうした商品の売れ行きが落ちるのではという懸念がありました。
3つ目は、著作権と作品保護の問題です。特に借りている作品などは契約上の制約が厳しく、権利関係の調整が難しいという事情もあるのです。
とはいえ、こうした取り組みは、芸術をより身近なものにする一歩として、今後のさらなる広がりに期待します。
5月24日まで開催中のクロード・モネ展
オルセー美術館所蔵の作品が90点並ぶ
アーティゾン美術館(東京都中央区)にて2026年3月2日撮影
参考記事
2026年3月5日、日経電子版、「没後100年「クロード・モネ」展 ありのままの自然問いかける」
2023年9月27日、日経電子版、「「人材育成、長期視点で」 文化予算はフランスの8分の1」
参考HP




