映画作成の姿勢を通して見えてくるもの

 6年間はパパだったんだよ。

2013年に公開された是枝監督の作品、「そして父になる」の劇中のセリフです。

息子を取り違えられた2つの家族が共に過ごした時間をとるか、血を選ぶかの葛藤を描いた作品です。私はこの作品を見た時、2つの家族の在り方の違いが親の子供への接し方、生活環境の差など細部にわたって丁寧に表現されている点に感動したことを覚えています。

是枝監督が「万引き家族」でカンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールに輝きました。同映画祭で日本映画が頂点に立つのは21年ぶりの快挙です。

 見過ごしてしまう、もしくは目をそむけてしまいがちな人々をどう可視化するかが、常に自分の中心に置いているスタンス。

私は映画に現実的な社会性を持たせるのは難しいのではないかと感じていました。ストーリーや俳優や女優の演技が迫真に迫っていても、虚構の域を出ないと考えていたからです。そのため、実際に社会で起こっていることを伝えるのは新聞やニュースの役目だと考えていました。しかし、映画ではある状況下での人の感情の機微まで伝えることができます。見る人の感情に訴えかけることができます。

 どんなメッセージかは受け取る側が決めることではないかと思いながら作っている。

自らのスタンスを貫き丁寧に物語を作り上げていった結果、作品を通して人の共感を得る。

この姿勢は映画作成のみに限らず、これから私たちが関わるすべてのものに共通して言えることかもしれません。

参考記事:

21日付 読売新聞朝刊(大阪13版)31面(社会)「家族とは 世界も共感」

同日付  朝日新聞朝刊(大阪14版)27面(社会)「是枝流「家族」喝采」

同日付  日本経済新聞朝刊(大阪12版)34面(社会)「是枝監督「賞に恥じぬよう」」