SNSは顔のない街

見知らぬ人の笑顔も 見知らぬ人の暮らしも 

失われても泣かないだろう 見知らぬ人のことならば

ままにならない日々も怒りを 物に当たる幼な児のように 

物も人も同じに扱ってしまう 見知らぬ人のことならば

(中島みゆき 顔のない街の中で)

 

神奈川県座間市のアパートで男女9人の切断遺体が見つかった事件をみて、この歌詞を思い出しました。

今朝の新聞には「白石隆浩容疑者は現場アパートに入居した8月22日以降、9人全員を殺害したことを認めている。1週間にほぼ1人を殺害していた状況」(朝日新聞)と書かれていました。犯行の手口については「女性を部屋へ招き入れ、部屋でくつろいでいるところを襲撃。首を絞めて気絶させた後、ロフトにくくりつけたロープに首をかけ、つるして殺害したと説明している」(読売新聞)とあります。

こんなにも簡単に人を殺せるのか、と胸が苦しくなります。動機もあいまいで、金銭が目的なのか、それとも暴行目的なのか、はたまた、他にも思いがあったのか。取り調べの報道からは、はっきりとは分かりません。

被害者の中には埼玉県や福島県の女子高生も含まれているとみられます。

なぜ、そのような若者が巻き込まれてしまったのか。そこにはSNSの存在があるようです。便利で楽しいはずのSNSではありますが、その使い方には注意が必要です。よくも悪くも、相手の顔が本物であるか判断することは出来ません。その誰だか分からない人と接触することには、当然ながら一定のリスクがあるのです。

殺害の動機や経緯が何であれ、きわめて重い犯罪であることに変わりはありません。しかし、これまで何の関わりもなかったにもかかわらず、SNSで出会ったがために被害にあってしまったのであれば、それは無念でありません。

SNSは楽しいものです。この事件を発端に、その付き合い方を考え直したいものです。

 

参考記事

6日付 朝日新聞 13版 39面 「女子高生ら8人特定へ」

同日付 日本経済新聞 13版 31面 「SNS、狙われる未成年」

同日付 読売新聞 13版 35面 「楽に金得たかった」