望まない妊娠を防ぐ緊急避妊薬(アフターピル)が、医師の処方箋なしで買えるようになります。厚労省の専門家部会は8月29日、あすか製薬の「ノルレボ」について、市販薬(OTC医薬品)としての製造販売を了承しました。パブリックコメントを経て、正式に承認されます。
外国では約90の国と地域で、緊急避妊薬を医師の処方箋なしに購入できます。一方、日本では医師の処方を受ける必要がありました。日本における緊急避妊薬の市販化は、なぜ世界に遅れをとったのでしょうか。また、市販化に伴う課題とは、どのようなものなのでしょうか。
◾︎そもそも、緊急避妊薬とは
緊急避妊薬は、アフターピルとも呼ばれます。排卵を遅らせる効果があり、性交後から72時間以内に服用すれば約8割の確率で避妊が可能です。早く飲むほど、効果があります。製薬関係者によると、年間のべ40万人前後が使用しているとされています。
対象は避妊に失敗したり、性暴力を受けたりした女性。「中絶薬」と混同されることがありますが、避妊を目的とした薬であるため、すでに妊娠している場合には効果がありません。月経痛や月経前症状(PMS)の軽減にも効果のある「低用量ピル(経口避妊薬/OC)」とも異なります。
日本国内では現在、処方箋医薬品に指定され、医師の診察が必要です。産婦人科や婦人科で処方するケースが多く、夜間や休日などは入手しにくい状況でした。こうした時間的・距離的・心理的ハードルを取り払うるため、市販化を求める声が挙がっていました。
検討作業は2017年に始まり、パブリックコメントでは賛成する意見が9割を超えていました。しかし、関係学会による反対や悪用・乱用を懸念する声により、長らく実現しませんでした。
世界保健機関(WHO)は18年、「意図しない妊娠の危険にさらされているすべての女性は緊急避妊薬にアクセスする権利がある」と各国に勧告しました。さらに、「性と生殖に関する健康と権利」について、日本は海外に比べ遅れていると指摘しています。このような国際的な圧力も、今回の市販化を後押ししました。
◾︎市販化後の入手方法と課題
厚労省は緊急避妊薬の市販化について、研修を受けた薬剤師による対面販売と、その場での服用を義務付けています。インターネットを通じた販売は認められません。年齢制限や親の同意は不要としました。夜間や休日にも入手しやすくなった上に、親に言えずに悩む未成年にとっても、入手しやすくなります。
一方、費用面では課題が残ります。日本では、医師の診察を経て入手する場合、平均1万5千円がかかります。国の研究事業による薬局での試験販売では、8千円程度で販売されていました。市販化後も同様の価格設定であれば、先に挙げたようなハードルが下がったとしても、薬価の高さで本当に必要とする人のもとに届かない懸念が残ります。
◾︎求められる正しい知識と性教育不足
妊娠と出産は、特に女性にとって人生を左右する大きな選択です。緊急避妊薬の市販化は、望まない妊娠への不安感」を取り除くことにつながるでしょう。
しかし、100%妊娠を防ぐことができるわけではありません。服用後には、不正子宮出血や頭痛、吐き気などの副反応が現れることもあります。性感染症の感染を防ぐ効果もありません。「あとで緊急避妊薬を飲めば良いのだから、避妊具を使う必要はない」はずがないのです。
緊急避妊薬は、望まない妊娠を防ぐ「最後の砦」であるべきです。より簡単に入手できるようになる以上、正しい知識を広める必要があります。性行時の前提となる「性的同意」についての知識も深めなければなりません。今回の市販化を機に、自らの生き方に深く関係する「性」について考える場が増えることを願います。
参考記事:
・9月1日付 朝日新聞 朝刊3面 「薬局で緊急避妊薬 効果と課題」
・8月30日付 朝日新聞 朝刊1面 「緊急避妊薬 市販化へ」
・8月30日付 読売新聞(西部) 朝刊31面 「緊急避妊薬 市販了承」
・8月29日付 日経電子版 「緊急避妊薬の薬局販売承認へ 診察不要に、年齢制限なし」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA27CY90X20C25A8000000/
参考資料:
・東京都福祉局「緊急避妊について」
https://www.fukushi.metro.tokyo.lg.jp/kodomo/shussan/kinkyu-hinin
・厚生労働省「緊急避妊薬に関する海外実態調査 結果概要」
https://www.mhlw.go.jp/content/11121000/001509233.pdf
・富士製薬工業「経口避妊薬(OC/ピル)について」
https://www.fujipharma.jp/patients/contraception/about/
(最終閲覧はすべて2025年9月3日)