先日、ゼミの合宿で共同通信の人事部の方々との懇談会がありました。取材のあり方やメディアの仕事について直接お話を伺える貴重な機会で、ゼミ生も皆どこか緊張した面持ちでした。食事をしながらの懇談ということで、会場にはいくつもの料理が用意され、最初に運ばれてきたのは春巻きでした。ところが、私の手元に置かれた春巻きの皮が剥がれていて、中の具材がはみ出してしまっていたのです。
人事部の方はちょうど他のゼミ生の席を案内していたので、私はその間にお箸を使って形を整えようとしました。しかし、皮の隙間から中身がこぼれ出し、なかなか元のように丸い形には戻せません。その様子を人事部の方が見ていて、「韓国でもお箸を使うんですか」と声をかけてこられました。
実際のところ、韓国でもお箸は日常生活に欠かせない道具です。ただし、日本とは使い方に少し違いがあります。韓国ではお箸でご飯を食べることはほとんどなく、基本的にスプーンで食べます。お箸は主におかずを取るときに使う道具であり、スプーンとセットで用いられるのが一般的です。しかも、韓国のお箸は金属製で平らな形をしており、日本の木製や竹製のお箸とは感触も重さも異なります。そのため、同じ「お箸」でも、日本での使い方とはまた別の力やテクニックが必要になります。
以前、海外旅行が趣味のあらたにす学生ライター寺西さんも、韓国に行ったときに「金属製のお箸は少し重くて、指先が痛くなった」と感想を述べていました。日本人にとっては慣れない道具かもしれませんが、韓国人には日常に溶け込んだ馴染み深いものです。
では、なぜ韓国では木製や竹製ではなく、金属製のお箸が主流になったのでしょうか。その理由の一つは、食文化の特徴にあります。韓国ではキムチに代表される発酵食品をよく食べます。発酵食品は漬け込みに使うヤンニョム(唐辛子やニンニクを混ぜた調味料)の色や香りが強く、木製のお箸ではすぐに染み込んでしまううえ、衛生的にも良くありません。金属製であれば匂いや色移りの心配が少なく、長く清潔に使えるのです。また、韓国は日本と比べて湿度が低く、金属が錆びにくい環境であったことも管理のしやすさにつながりました。
さらに、韓国のお箸が平らな形をしていることにも理由があります。韓国の食卓では、大皿に盛られたおかずを各自が取り分けて食べる「パンチャン文化」が基本です。例えばキムチを食べるときも、取り皿に少量を移すのではなく、大皿から自分の分をちぎり取って茶碗に運びます。平たいお箸は、この「ちぎる」という動作に適しているのです。つまり、お箸の形状そのものが食習慣に深く結びついていると言えるでしょう。
日本と韓国、同じ「お箸」という共通点を持ちながらも、その素材や使い方に違いがあり、両国の歴史や食文化の背景を反映しています。たった一本のお箸が、文化や価値観の違いを学ぶ教材になるのです。
<参考記事>
朝日新聞GLOBE+、2018年5月26日「似て非なる日韓の食文化 金属の箸を使う秘密は?」https://globe.asahi.com/article/11529806(最終閲覧日2025年8月20日).