刺青を見て、何を思う

先日、友人から「タトゥーを入れたいんだよね」と相談されました。どこに入れるか、どんな模様にするかで盛り上がったのですが、ふと疑問が浮かび、こう尋ねました。

「温泉はどうするの?」

すると友人は、「それがあって悩んでいる部分もある」と答えます。

 

このやり取りをきっかけに気づきました。なぜタトゥーがあると温泉に入れないのか、その理由をきちんと知らないままだったことに。温泉施設でよく見かける「刺青のある方の入浴お断り」という掲示。一体、背景には何があるのでしょうか。

そもそも、日本の刺青文化は古代から存在し、奄美・琉球の「ハジチ」やアイヌ女性の口元の刺青など、通過儀礼や既婚の証として長く広く行われてきました。江戸時代には、火消しや飛脚が「粋」の象徴として彫り物を施し、遊女が愛の証として恋人の名前を刻むこともありました。

しかし明治期以降、西洋化政策のもとで野蛮な習俗とみなされ、1872年の太政官令により入墨刑が廃止されると同時に、装飾的な刺青も禁止されました。さらに1948年まで刺青は非合法とされ、このような歴史的経緯が、現代においても反社会的でネガティブな印象を根強く残す要因となっています。

加えて、刺青は暴力団における組織的覚悟や忠誠を示す手段として用いられた歴史もあり、「刺青=威圧・反社会性」というイメージが形成されました。特に、かつて多くの人が銭湯を利用していた時代には、刺青を見ただけで周囲が不安や恐怖を抱くことがあったため、入浴者の安全と安心を確保する目的で利用を制限する慣行が広まりました。観光庁によれば、現代において温泉や公共浴場が刺青者の入浴を制限する主な理由も、「反社会的勢力を連想させるため」です。

一部の施設では衛生面や感染症リスクを理由に挙げることもありますが、実際にはこうした否定的なイメージが中心的な背景となっています。

 

しかし、訪日外国人の増加に伴い、対応にも変化の兆しが見えています。

厚生労働省と観光庁は、「タトゥーを理由に一律で入浴を拒否するのは適切ではない」との見解を示し、施設側に理解のある対応を促しています。

具体的には、

・タトゥー部分をシールで覆うなど、見えないようにする

・小さく威圧感のない場合は特別な対応を求めない

・家族連れの少ない時間帯への案内

・貸切風呂や客室付き風呂の利用提案

などが挙げられます。

こうした取り組みは、文化的ギャップを埋め、インバウンド需要を取り込むためでもあります。日本の魅力的な観光資源である温泉を活かすには、誰もが安心して利用できる環境づくりが欠かせません。

 

また、日本国内の価値観の変化は、特に若い世代で顕著です。

株式会社RECCOO運営のリサーチサービスによる現役大学生約200人への調査では、63%が「公共浴場や温泉でのタトゥー禁止は解禁されるべき」と回答しました。「友人にタトゥーがある人がいる」と答えたのは44%で、タトゥーを入れていない大学生からも「(タトゥーを入れている友人と)一緒に温泉に行けないのは寂しい」という声があがっています。

一方、パートナーのタトゥーに「抵抗なし」と答えたのは34%にとどまり、「抵抗あり」は66%。また、将来タトゥーを入れたいと答えたのは9%で、現在入れている人は1%と非常に低い割合でした。他者に対するタトゥーの許容度は上がっている一方で、自分や身近な相手がタトゥーを入れることに関しては慎重な姿勢が分かります。

現代において、タトゥーはファッションや自己表現の一形態となっており、必ずしも反社会的イメージと結びつくものではありません。とはいえ、長年の偏見や誤解を払拭するには時間がかかります。それでも、偏見だけを理由にタトゥーを入れている人々の温泉利用を制限するのは、温泉利用を制限するのは公平とは言えません。

 

今後は、見た目や先入観に囚われないルールづくりが求められます。タトゥーを持つ人も、自分らしさを大切にしながら自由に温泉を楽しめる──そんな社会の実現には、一人一人の理解と歩み寄りが不可欠です。

 

参考記事

2025年8月8日付 朝日新聞13版11面 耕論 タトゥーへの視線

 

参考資料

観光庁, 旅館Q&Aあなたの疑問に答えます!

厚生労働省医薬・生活衛生局 生活衛生・食品安全部生活衛生課, 入れ墨(タトゥー)がある外国人旅行者の入浴に関する対応について, 2016.3.18

PR TIMES, 株式会社RECCOO, 【Z世代のホンネ調査】公共浴場や温泉でのタトゥー禁止、大学生の63%が「解禁されるべき」と回答。, 2023.10.12

AllAbout, 伊藤亮太, 温泉でタトゥーがダメな理由!なぜ日本で入れ墨は問題になる?, 2024.9.17

nippon. com, 山本芳美, 入れ墨と日本人 日本の入れ墨、その歴史, 2016.12.19