「ライダイハン」を知っていますか。今年は、ベトナム戦争終結からちょうど50年です。一国が南北に分断された戦争は、枯葉剤や地雷など多くの負の遺産を生みました。その中には、あまり目を向けられてこなかった悲劇があります。本稿では、兵士による性暴力や、その結果生まれた子どもへの差別という視点から、ベトナム戦争を捉えていきます。
◾︎ベトナム戦争とは
ベトナム戦争は、共産主義を掲げた北ベトナムと、反共主義の南ベトナムの対立で起きた戦争です。その後、統一されたベトナムの推計によると、最大約300万人が犠牲になりました。
ベトナム南部では、南ベトナム解放民族戦線(ベトコン)が密林に潜み、ゲリラ戦を展開しました。米軍はこれに対抗し、ゲリラの隠れ場所や補給路を断つ目的で、森林に猛毒のダイオキシンを含む枯葉剤を散布しました。直接浴びたり、汚染された農作物を食べたりして、先天性障害や遺伝疾患、がんなどの健康被害が生じたといわれています。これらの影響は、発覚しているだけでも第4世代まで続いています。
◾︎ベトナム戦争と韓国の関係
国外から参戦したのは米国軍だけではありません。米国に次いで多くの兵士を送り込んだ韓国も南側に軍事援助をしました。1964年から73年の間に、約32万人の韓国軍兵士が展開し、米国と共に戦いました。ベトコン掃討を任務としていた韓国兵は、多くの民間人を巻き添えにしたと言われています。市民の虐殺や性暴力も、明らかになりました。
現地「フーイエン新聞社」編集長が編纂した郷土史には、韓国兵の振る舞いが克明に記されています。ホアドン省フーミー村では、村人30人が撃ち殺され、その遺体は井戸に捨てられました。高齢者や妊婦、障害者を含む民間人が殺害された例もあります。さらに、韓国兵10人による集団レイプ殺人や軍施設で働く女性への性暴力も記録されています。戦争中の加害行為として、性暴力は目を逸らしてはならない問題です。性暴力被害の末、妊娠した女性も少なくありません。
◾︎ライダイハンとは
韓国人男性とベトナム人女性との間に生まれた子どもは、「ライダイハン(Lai Dai Han)」と呼ばれています。ベトナム語の「ライ」は「混血雑種」を意味する蔑称であり、呼称自体に強い差別意識が含まれています。
明確な定義は定まっていないものの、「レイプや強制交際の結果として生まれた子ども」を意味することが多いとされます。さらに恋愛関係や買春など、同意や半強制的関係の末に生まれた子どもを含む場合もあります。戦争による記録の散逸や出生届の未提出により、その人数は明らかになっていません。1500人という記録や、3万人という推定があります。
◾︎ベトナム国内に蔓延るライダイハン差別
ライダイハンらは「軍敵の子」として、差別の対象になりました。民間団体「ライダイハンのための正義(Justice for Dai Han)」活動家の 1 人は、韓国人の父親がいるという理由で、通学途中に頻繁に暴行を受けていたといいます。
また、差別の背景には儒教を重んじる文化もあります。婚前交渉が悪とされていたため、レイプによる妊娠でさえ「チュア・ホアン(未婚妊娠)」として非難の対象になりました。BBCによると、娘が韓国人と関係を持ったことに対する罰として、性暴力被害者の父親が拷問と暴行を受けて死亡した例もあります。
恋愛関係になった韓国人男性とベトナム人女性との間に生まれた子どもの人生も、同様に困難を極めました。軍の撤退と同時期に、韓国人の多くが帰国しました。混乱が落ち着いてから合流しようとした家族の多くは、再会することができなかったといいます。戦後しばらくは南ベトナムと関係があるだけで命の危険すらあり、父親や夫が韓国人男性であることを隠さざるを得なかったからです。婚姻証明書や当時の出生証明書を破棄したことで、父親への手がかりを無くしたライダイハンとその母親もいます。
◾︎今も続く戦時下の性暴力
戦争や武力紛争において、性暴力はしばしば「武器」あるいは「凶器」として使用されます。ベトナム戦争では、性暴力被害者が守られるどころか、差別の対象とされました。現在進行中のロシアによるウクライナ侵攻でも、性暴力が確認されています。
すでに発生した被害を、無かったことにはできません。しかし、同様の加害行為を繰り返させないことで、未来の人権を守ることは可能です。記憶を風化させないことこそが、理不尽な状況の打開と権利の救済を可能にするはずです。遠い昔、遠い国で発生した人道に反した出来事にも、目を向けていかなければなりません。
参考記事:
・2025年5月3日付 朝日新聞デジタル 「(いちからわかる!)ベトナム戦争、米がなぜ軍事介入?」
https://digital.asahi.com/articles/DA3S16206704.html
・2025年5月3日付 朝日新聞 朝刊2面 「ベトナム 4世代の深い傷」
・2024年2月19日付 読売新聞オンライン 「ウクライナ女性、頭に袋かぶせられ『何が起きるか理解した』…ロシア兵から性暴力『汚れは消えない』」
https://www.yomiuri.co.jp/world/20240219-OYT1T50161/
・2020年3月27日付 BBC “1968 – the year that haunts hundreds of women”
https://www.bbc.co.uk/news/extra/lhrjrs9z9a/vietnam
参考資料:
・村山康文,(2022),『韓国軍はベトナムで何をしたか』,東京都,小学館新書,p.124
・THE NOBEL REIZE “Nobel Peace Prize 2018”