5月2日、テレビ東京の番組で加藤勝信財務大臣からこんな発言が飛び出した。米国債について問われると「カードを切るか切らないかは別」としつつ、「交渉のカードになるものは全て盤上に置き議論していくのは当然だ」とした。その後、この発言が国内外に広く報道されたこともあり、同4日には「米国債の売却を日米交渉の手段にすることは考えていない」と軌道修正を図った。
金利上昇は米政権にとっての「急所」との見方が強い。例えば、全地域に一律10%を課した相互関税の第一弾では発動後に株価が急落したが、トランプ政権は意に介さなかった。しかし、上乗せ分を適用する第二弾では株・ドル・国債が売られるトリプル安に見舞われ、金利が一気に上昇した。すると発動の13時間後に中国を除く地域については90日間の停止へ追い込まれた。こうした動きから、関税政策で揺れる日本側に米国債をカードとして使えないかと模索する動きがある。
- 如何にしてカードを切るか
カードを切ると言っても、切り方は難しい。外交問題ではないが、コメを巡る農水省の動きはわかりやすい例だろう。備蓄米を巡って最初は運用の見直しという牽制に出た。それでも価格の上昇に歯止めがかからないと見るや、放出に踏み切った。
米国債でもいくつか方法が考えられる。まずは当初の加藤大臣発言のようにカードとして存在することをアナウンスする方法。次に、実際に交渉の場でそれを持ち出す方法。この点について、東京大学公共政策大学院の鈴木一人教授は、日経電子版Think!でこう語っている。「関税交渉に赤澤氏に加え、加藤財務大臣を同席させること」。最後に、手持ちの米国債を実際に売るという行動に出ることになる。
- 切った場合の影響は
日本は世界一の米国債保有国とされる。そして、米ドルは世界の基軸通貨である。それは日米間の貿易で決済にドルが用いられているということにとどまらない。基軸通貨であるということは、日本と韓国、韓国とドイツといった米国以外の国々の間でもドルが決済手段になるということだ。このため、ひとたびドルへの信認が揺らげばその影響は世界に波及する。
一般に、株価や通貨が安くなった際は国債に資金が流れる。国債は安定した資産とされ、中でも米国債は長年最上級の信頼度スコアを得ていた。いわば最後の砦のような存在だ。その安心感が大幅な投げ売りによって揺らげば、必然的にドルや株価にも影響を与える。さらに米国債は様々な国や企業が億や兆といった単位で大量保有している。つまり、米国債の影響は間違いなく世界中に波及し、もちろん日本も例外ではない。
米国に確実なダメージを与えることができるが、日本自身もそれ以上の痛手を負いかねない諸刃の剣、それが米国債である。実際の交渉カードとして使うのは極めて難しいが、牽制手段としては使えるのではないか。日米にとって、米国債は経済交渉における「核兵器」のようなもののように感じる。
だからこそ、加藤大臣が自らの発言を巡る火消しの際に、米国債が交渉カードとなることは「ない」といい切ってしまったことが悔やまれる。
参考資料
5月2日配信 テレビ東京 Newsモーニングサテライト https://youtu.be/-BUHWApxXlM?si=IWt0fKxwySMq6NZQ
5月6日付 日本経済新聞朝刊3面 財務相、米国債売却「手段として考えず」
5月15日 産経ニュース 米国債の売却、金利上昇を恐れるトランプ大統領 大量保有の日本が出せる最強の交渉カード
5月17日付 朝日新聞朝刊4面 政府、いまだ五里霧中
5月21日付 同7面 米国債、日本の交渉カードに?