韓国の政治葛藤とメディアリテラシーの不在

2024年12月3日、当時の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は戒厳令を出しました。韓国では、過去の軍部政権による戒厳令によって多くの犠牲者が出た歴史があるため、「戒厳トラウマ」とも呼ばれる国民的な記憶があります。そのため、尹前大統領の弾劾は確実だと考えられていました。

ところが、インターネット上では戒厳令について「左派による立法独裁に対抗する啓蒙戒厳だ」とする擁護論や陰謀論が拡散されました。こうした言説に同調した支持者たちは弾劾反対デモを組織し、弾劾賛成派と対立しました。

2025年2月8日、筆者は現場の空気を確かめるため、ソウルに足を運びました。

 

地下鉄からの移動

当日14時半、デモの影響で地下鉄は光化門(クァンファムン)駅に停車せず、筆者は鍾路3街(ジョンノサムガ)駅で降りて徒歩でおよそ20分、光化門へ向かいました。現地に近づくにつれ、デモ用の旗を持った高齢者の姿が目立つようになります。

(2月8日ソウルにて筆者撮影:旗を持って歩く人)

 

尹前大統領の支持層には60代以上の高齢者と20~30代の男性が多いとされますが、若年層男性のデモ参加率は低いため、現場は高齢者中心の様相でした。

 

パレスチナ反戦デモとの連帯

当時ソウルでは、さまざまなデモが開かれていました。筆者はまず、「なぜ弾劾デモの中にパレスチナ反戦デモがあるのか」との疑問から、そちらの現場を訪れました。そこにはパレスチナ旗や労働組合の旗が掲げられ、演説をしていたのは障がい者の方でした。彼女は繰り返し「連帯しよう!」と訴えていました。韓国のリベラル層(フェミニスト、障がい者団体、労働組合など)は、政治的課題が起こるときに互いに連帯する傾向があります。

ただし、弾劾反対デモの開催地が近かったため、パレスチナ反対デモに向けて拡声器で「クソやろども!」と叫ぶ女性の姿も目撃しました。

(2月8日ソウルにて筆者撮影:パレスチナ反戦デモに向けて悪口を言っている女性)

 

弾劾反対デモの様子

次に弾劾反対デモに戻ると、アメリカ国旗が多数掲げられているのが目につきました。韓国の保守派は「自由民主主義」と「米韓同盟」を重視する傾向が強いためです。一方、「NO CHINA」など、中国や共産主義に対する強い反感も見られました。

壇上では、「不正選挙」や「北朝鮮のスパイ」など、根拠のない陰謀論が堂々と語られていました。韓国はインターネットの普及率が高く、高齢者もSNSを使いこなす人が多い一方で、高齢者への情報リテラシー教育が不十分なことから、こうした陰謀論を無批判に信じ込んでしまうリスクがあります。

(2月8日ソウルにて筆者撮影:NO CHINAと書かれたポスター。下には不正選挙検証しろと書かれたポスターもある。)

 

弾劾賛成デモの雰囲気

弾劾賛成デモに足を運ぶと、参加者は20~30代の女性や40~50代の中年層が中心で、全体的に若々しい雰囲気でした。アイドルの応援に使われるようなペンライトを持ち、バンド演奏とともに歌いながらのデモが進行していました。

ただし、主張の多くが「尹大統領のせいで苦しかった」「弾劾は当然」といった感情的なもので、論理的に訴える場面は少ない印象を受けました。

(2月8日ソウルにて筆者撮影:弾劾賛成デモで講演しているバンド。)

 

分断を加速させるSNSの構造

こうした社会の分断を助長している要因の一つに、SNSがあります。SNSは自分と同じ考えの情報ばかりを表示する傾向を持っています。特に、ユーチューブでは動画の持つ説得力も加わり、陰謀論が簡単に流布します。

韓国言論振興財団の昨年の報告書によれば、ニュースの入手経路としてYouTubeを挙げた人は60.1%。このうち、新聞社や放送局の公式チャンネルを利用する人は38.7%いましたが、個人運営のチャンネルを利用する人も20.3%に上っています。

政治的立場の違いが「敵対関係」へと変わってしまう背景には、メディアリテラシーの欠如とSNSの構造的問題があります。表現の自由と政治的多様性は民主主義の根幹ですが、情報を吟味する力を持たないまま過激な主張に共感してしまうと、社会は分断と対立に向かうと考えます。

 

<参考記事>

朝日新聞デジタル、2025年4月5日「(時時刻々)韓国、分断先鋭化 保守/進歩 理念対立だけではない、敵対感情」

読売新聞 2025年4月20日朝刊付き「[スキャナー]韓国大統領選 ゆがむSNS 保守と左派 偽情報・誹謗拡散」