韓国の超少子化による軍規模の縮小と対策 「シニアアーミー」の導入
近年、韓国は安全保障の面でも超少子化の問題で苦しんでいます。若い人口が少なくなることは兵士の減少をもたらし、国防力の低下につながります。2023年、韓国の合計特殊出生率は0.72と過去最低を記録し、このまま進めば40年には徴兵可能人口が半減するとも言われています。そのような状況で、韓国では民間団体「シニアアーミー(老人軍)」を立ち上げる対策が講じられています。
シニアアーミーとは?
「シニアアーミー」は、兵役を終えた人を含め、有事の際に軍に動員されることを希望する人々が自発的に集まり、訓練や健康診断などを行う民間団体として、23年6月に設立されました。設立当初は、韓国軍によって実弾訓練の実施を断られていましたが、その後、軍側の勧めで、訓練所の管理者が見守るなか、傷害保険をかけて訓練に参加する今のスタイルに落ち着いています。
「シニアアーミー」に対する評価
「シニアアーミー」に対する評価は二分しています。韓国メディアの最近の世論調査によると、支持が56%、反対は44%でした。支持の理由としては「高齢者が若い世代と苦役を分かち合える」(46%)、「女性の兵役が兵員不足を解決する合理的な代替手段ではないから」(22%)などがありました。一方、反対理由は「兵役を終えた男性を再招集するのは不公平だ」(33%)などを挙げました。
徴兵制に対する世代・男女間、認識の差 20代男性懐疑的
シニアアーミーへの評価が割れるのは、韓国内で世代・性別によって軍への服務に対する認識の差が大きいからです。韓国の世論調査機関、「韓国リサーチ」が21年に行った調査によると「国民であれば負うべき義務である」に「そう思う」と答えた人は「60歳以上」で91%だった一方、「18〜29歳」では69%に過ぎず、国防の義務に対する認識が低下していることが確認できます。また、「国家が個人に一方的に要求する犠牲である」には「18〜29歳」の82%が「そう思う」と答えており、若い男性の中では軍隊に対して懐疑心を持っている人が増えているようです。
それでは、韓国男性が軍隊に懐疑的になった理由はなんでしょうか。徴兵制が望ましくない理由に対して、男性の42%が「適切な補償の方案が設けられていないため」と答え、最も高い割合を占めていました。一方で、女性は「補償の不備」を挙げた人は23%にとどまり、「個人の意思とは関係なく、兵役の義務が課されることが望ましくない」と答えた人が65%を占めました。男性は「補償」を求める声が大きいのですが、軍への服務を当然の義務と考える中高年層や、補償制度に対して懐疑的な傾向を持つ女性との間には、大きな意識の隔たりがあります。
なぜ補償されないのか
韓国でも1999年までは軍服務による補償制度「軍加算点制度」が設けられていました。この制度では、除隊した人には公職任用試験で総点の5〜10%が加算点として付与されるものです。しかし、同年12月23日憲法裁判所の違憲判決によって廃止されました。違憲判決の理由は女性・障害者の「平等権への侵害」でした。それ以降、韓国では徴兵に対する補償制度は設けていません。
軍服務の補償の必要性の台頭…女性の同意も
上記のデータからすると、現在男性徴兵制に対する不満の最大の原因は「犠牲に対する認定」と「不利益に対する補償」が十分ではないことになります。これから軍隊に行く男性の意見は今後重要になっていくでしょう。しかし、若い男性の声だけでは社会を変えられません。軍服務に対する社会的な認識も変わらなければなりません。
韓国リサーチの同調査によると、「補償を設けるべきだ」の質問に82%が「そう思う」と答え、「除隊手当」「軍服務加算点」「職場内昇進時、軍経歴反映」などの制度の必要性に対して、男女ともに50%以上が同意しています。ここからは女性側も補償制度の必要性に対して前向きになっていることがわかります。
祥明(サンミョン)大学のチェ・ビョンウク教授のように、「超少子化」の対策として、一般兵を減らし、将校や下士官などの幹部を増やして職業軍人中心の体制に移行させるべきだという主張も聞かれます。
しかし韓国では、将校や下士官などの幹部を希望する人も年々減少しています。軍人に対する処遇や認識が改善されない限り、幹部になることのを希望する人は増えないだろうという見方が少なくありません。適切な補償を設け、軍務を正当に評価する意識が社会的に広まることが韓国の国防力において重要になるでしょう。
軍隊の実情
筆者は2022年9月から2024年3月まで第37師団で服務しました。服務中、近年の少子化により軍部隊での人手不足を肌で感じることが多々ありました。筆者の場合、除隊のわずか2日前まで後任者が決まらず、引き継ぎをたった2日間で済ませなければならないという状況にも直面しました。また、将校や下士官などの幹部を志望する人も減少しており、1人の幹部が複数の業務を兼任することも珍しくありませんでした。
このような問題が生じている背景には、「超少子化」とともに、長年続いてきた軍人に対する軽視の風潮が一因となっていると考えます。
韓国では、軍人を「グンバリ(군바리)」という蔑称で呼ぶことが多くあります。これは、「軍人は懲戒が厳しいために民間人に対して消極的な態度を取らざるを得ないこと」や、「社会と隔絶されているため流行に疎いこと」などが背景にあると考えられます。
このように、国を守っている軍人に対する敬意が次第に薄れており、適切な補償も十分に整備されていない現状は、将校や下士官を志望する人の減少にもつながっているといえるでしょう。今後、超少子化対策として募兵制を拡充するのであれば、「軍人に対する社会的認識の改善」と「軍勤務に対する正当な補償」の整備が不可欠だと考えます。
参考記事
・The Asahi Shimbun Globe、2025年4月25日「韓国の徴兵制が超少子化でピンチ 救うべく民間が「老人軍」を設立、正規軍の反応は?https://globe.asahi.com/article/15714556
参考文献
・韓国リサーチ 世論の中の世論、Seungah Yoo、「[企画]徴兵制をめぐる男女対立―軍服務に対する適切な補償と認定の不在が作った亀裂」https://hrcopinion.co.kr/ja/archives/18805
・Public Law Korean Public Law Association Vol. 40, No. 2, Dec. 2011 、Seon-Taek Kim「On the Constitutional and Political Validity of Reintroducing of the Preferential Points for Soldiers – Rational Rewards for the Compulsory Military Service -」
・Senior army、https://seniorarmy.kr/