公式確認から69年の水俣病 「解決」や「教訓」とは何か

水俣病の公式確認から69年を迎える5月1日、熊本県水俣市で犠牲者慰霊式が行われ、浅尾慶一郎環境大臣らが出席しました。水俣病の犠牲となって亡くなられた全ての生命に慰霊の祈りを捧げ、環境再生・創造を誓うために開かれたものです。

(5月1日筆者撮影 水俣病慰霊の碑)

筆者は、患者さんのサポートのために参列しました。慰霊式に参加するのは3回目です。毎年のように「解決」や「教訓」という言葉を耳にしますが、それに伴った補償や調査が行われているとは考えられません。行政の代表者による発言の陰には、今なお救済されない被害者がいます。

 

◾︎そもそも、水俣病とは何か

水俣病は、明治時代に操業を開始した化学メーカー・チッソの工場排水が引き起こした公害病です。有毒なメチル水銀に汚染された魚介類を通して、水俣市を中心に多くの住民が被害に遭いました。公式確認は1956年5月1日。幼い姉妹2人の「脳症状を呈する原因不明の疾病」が保健所に届けられたことを、きっかけとします。当時は感染症が疑われ、患者やその家族への偏見や差別が続いていました。漁業や農業への風評被害も少なくありません。

加害企業チッソは当時、化学製品の要となるアセトアルデヒドを製造していました。その過程で、触媒の有機水銀がメチル水銀に化学変化します。近年まで合成樹脂の主流であった塩化ビニールの作成に欠かせないアセトアルデヒドは、確かに、高度経済成長を支えました。工業発展の背景に、人間を含む多くの生命と豊かな環境の犠牲があったのです。

(5月1日筆者撮影 メチル水銀を含む工場排水が排出された百間排水口、水俣病原点の地とも言われる)

公害健康被害補償法に基づく認定患者(25年3月末現在)は、熊本、鹿児島両県で2284人。2度の政治決着で救済された人が約5万人いるほか、認定申請をしている人が1200人を超えています。救済を求める裁判は、現在も続いています。

 

◾︎同じことの繰り返しのような慰霊式

患者や家族ら約660人が参列した式では、患者・遺族代表が祈りの言葉を、浅尾環境相や木村敬熊本県知事、チッソの山田敬三社長が謝罪を、市内の小学生が決意を述べました。

浅尾氏は「水俣病の経験や教訓を発信し、水銀による環境汚染や健康被害のない世界を目指す」、木村知事は「水俣病問題の解決へ全力で取り組む」と述べました。言葉は立派ですが、行動が伴っていないのではないかとの疑問が残ります。水俣病被害者の救済どころか、実態把握すら十分には進んでいないのが現状なのです。

前日開かれた、被害者らの団体と環境省の懇談では、認定制度の見直し等を求める訴えを環境省の代表者は「見直すことは現状、考えていない」と退けました。ようやく実施される「健康調査」も規模が限られています。毎年のように環境大臣は変わり、約束は先延ばしにされます。

 

◾︎水俣病と向き合う方法とは何か

公式確認から69年が経過し、患者や支援者の高齢化が進んでいます。認定を求めながら亡くなった被害者も少なくありません。認定患者2284人のうち、存命な方は211人だけで、平均年齢は81歳です。以前歩くことのできた人は車椅子を頼るようになり、膝立ちで部屋の中を移動できた人は寝たきりになりました。

亡くなってしまった被害者の命も、メチル水銀により壊された中枢神経も、元に戻ることはありません。そんな状況で、水俣病問題を「解決」へと導くことができるのでしょうか。そもそも「解決」とは、どのような形でなされるのでしょうか。

慰霊式における市内小学生代表の言葉に、ヒントを見出せそうです。

葛渡小(水俣市)6年の坂口悠介さんは「水俣病が発生した時代を知らない私たちだからこそ、正しい理解を深め、差別や偏見をなくす」と述べました。

差別や偏見が蔓延しているのは、水俣病問題に限りません。放置してはならないと思う問題が1つでもあるならば、正しく理解することから始めましょう。69年前の問題を令和時代の小学生が真正面から考えているように、今の問題を記憶し続けることが欠かせません。

 

 

参考記事:

・5月1日付 朝日新聞 朝刊20面 「水俣病69年のいま」

・5月1日付 読売新聞 朝刊22面 「水俣病 公式確認69年」

・5月1日付 朝日新聞 朝刊25面 「水俣『マイクオフ』問題1年―国は変われたのか」

・5月1日付 読売新聞 朝刊27面 「『マイク切り』改めて陳謝」

・4月30日付 朝日新聞 朝刊3面 「被害解明は『目的外』 患者ら『意味ない』」

・4月28日付 朝日新聞デジタル 「【解説人語】マイクオフでわかったこと 水俣病、一貫した国の姿勢は」

https://www.asahi.com/articles/AST4T2F7ZT4TDIFI007M.html

 

・5月2日付 西日本新聞 朝刊1面 「水俣病 訴え続け69年」

・5月2日付 西日本新聞 朝刊19面 「チッソ もやい直し一歩」

・5月1日付 熊本日日新聞 「水俣病公式確認69年 熊本・水俣市で犠牲者慰霊式、660人が鎮魂の祈り 浅尾環境相、被害者らと懇談」

https://kumanichi.com/articles/1760260

 

参考資料:

・『水俣病闘争史』,米本浩二,2022年,河出書房新社,p18-p19

・水俣市 「令和7年度水俣病犠牲者慰霊式の開催について(お知らせ)」

https://www.city.minamata.lg.jp/kiji0033268/index.html