朝日新聞は3月25日の朝刊で、パレスチナ自治区ガザで同紙の通信員を務めてきたムハンマド・マンスールさんが死亡したことを報じました。イスラエル軍が軍事作戦を再開した3月18日以降、ガザで暮らす人々はまたも命の危機に置かれています。市民とジャーナリストの犠牲が増え続ける地で、一体何が起きているのでしょうか。
◾︎危険に晒されるジャーナリストたち
イスラエル軍は3月24日、ガザ南部ハンユニスをミサイル攻撃しました。現地に自宅があったマンスールさんは、この攻撃により亡くなりました。同日、中東の衛星放送局アルジャジーラのホサム・シャバト記者も死亡したとのことです。イスラエル軍は「ハマスのテロリスト」としてシャバトさんの殺害を認めた一方、マンスールさんを狙ったかは言及していません。
ガザにおけるジャーナリストの犠牲は、増加しています。国際NPO「ジャーナリスト保護委員会」(CPJ)の集計では、2023年10月のイスラエル軍による攻撃開始以降、170人以上の記者が殺害されました。
◾︎「対テロ」攻撃が生み出す民間人の犠牲
イスラエルのネタニヤフ首相は「狙っているのはハマスのテロリストたちだ」と強調しています。しかし、ガザ地区における犠牲者は5万人を超えました。その多くは、女性や子どもを含む民間人です。「テロリスト」を軍事目標としているにも関わらず、膨大な数の民間人やジャーナリストが命を落とすのはなぜでしょうか。その背景には「対テロ」攻撃が生じさせる、曖昧さがあります。
武力紛争における禁止事項を定める国際人道法は、以下の3つを根本的原則としています。(参考:赤十字国際委員会(ICRC)「国際人道法とは」)
①区別:無差別攻撃の禁止。民間人と戦闘員、民用物と軍事目標を区別する。
②均衡性:軍事的利益を超える民間人・民用物の被害をもたらす攻撃の禁止。
③予防:民間人や民用物の保護に常に注意を払う義務。
イスラエル軍はロケット発射機や地下トンネルといった「テロリストのインフラ」に加え、「テロ組織を支えている」と認定されたあらゆる支持基盤を攻撃しています。24年4月には、ガザ最大の病院であったアル・シファ病院を襲撃しました。移動を強いられ、治療を受けられなくなった多くの患者が亡くなりました。その後もイスラエル軍は、あらゆる病院や学校、公共施設を攻撃しています。「テロリスト」への攻撃という軍事的利益を圧倒的に上回る、民間人・民用物の被害をもたらしたと言えるでしょう。
関西大学の西平等教授(国際法)によると、このような「対テロ」を理由にした軍事行動は、01年の米同時多発テロを契機に国際社会で広まりました。「対テロ」という言葉が国際人道法のルールを曖昧にし、民間人の犠牲を生み出していることに、不安を感じざるを得えません。
◾︎感じる無力感
毎日読んでいる新聞には、目を背けたくなるような惨状が鮮明に描かれています。それは読者を、不安や憂鬱な気持ちにさせるかもしれません。取材する記者には、命の危険が伴うこともあります。それでも、世界で起きていることを正しく知り、解決策を探ろうとするためには欠かせないものなのです。
マンスールさんは「ガザの未来のために自分は生き残って書き続ける」と言っていました。自ら惨状に身を置きながらガザの現状を伝えようとした彼の死に、一読者として無念さを感じます。「対テロ」を理由とした軍事行動に異議を唱えるため、彼が伝えようとしたものを知らなければ、他の人にも伝えなければ、と強く決意しました。
参考記事:
・3月31日付 読売新聞オンライン 「ハマス、停戦案受け入れ表明 ガザ イスラエルは対案提示」 https://www.yomiuri.co.jp/shimen/20250331-OYT9T50008/
・3月27日付 朝日新聞朝刊 11面 「イスラエル軍 24日のハンユニス空爆認める」
・3月26日付 朝日新聞オンライン 「朝日通信員 ガザで死亡」 https://www.yomiuri.co.jp/shimen/20250326-OYT9T50125/
・3月26日付 朝日新聞朝刊 1面 「本社通信員ら ガザで死亡」
・3月26日付 朝日新聞朝刊 3面 「『対テロ』記者も標的」
・3月26日付 朝日新聞朝刊 9面 「ガザの未来のため 書き続けた」
・3月25日付 朝日新聞朝刊 1面 「停戦が終わった 信じたくなかった」
・3月25日付 朝日新聞朝刊 8面 「今日に悩む『日常』 また始まった」
・3月24日付 日経電子版 「イスラエル軍、ガザ空爆続行 病院で少年死亡と報道」 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB23E9O0T20C25A3000000/
・3月18日付 読売新聞オンライン 「イスラエル軍がガザに大規模空爆、少なくとも232人死亡…停戦延長交渉『決裂』か」 https://www.yomiuri.co.jp/world/20250318-OYT1T50050/
・3月26日付 RKBオンライン 「ガザでのルポを書き残した記者の死…初めて見る新聞の『異様な見出し』」 https://rkb.jp/contents/202503/194748/
・2024年4月2日付 BBC NEWS JAPAN 「ガザのアル・シファ病院、イスラエルの作戦で廃墟に 多数の遺体発見か」 https://www.bbc.com/japanese/articles/cl5qly7j7w5o
参考資料:
・赤十字国際委員会(ICRC)「国際人道法とは」 https://jp.icrc.org/information/what-is-international-humanitarian-law/
・国際連合広報センター「国際人道法」 https://www.unic.or.jp/activities/international_law/humanitarian_laws/
(最終閲覧は全て2025年4月1日)