案外、自分の心や体の様子には、気がつけていないのかも。人生で初めて坐禅を体験し、そのように感じました。
先日、投稿された「坐禅のすゝめ(上)」に続き、禅の世界についてお話しできればと思います。同じく、禅の世界を綴った、太田さんの記事とも併せてご覧いただければ幸いです。
http://allatanys.jp/blogs/25620/
筆者が坐禅体験に訪れたのは、京都市東山区にある建仁寺両足院(けんにんじ りょうそくいん)。JR京都駅から市バスに乗車し、30分程度で到着します。八坂神社をはじめ観光地や市街地にも近く魅力的でした。
その立地の良さからか、外国人も見受けられました。僧侶による説明は、日本語と英語で行われます。どちらも時間を掛けた丁寧な説明です。英語を話す僧侶の姿に感銘を受けると同時に、言語に関係なく日本独自の文化を体験できる空間を嬉しく思いました。また、両足院の坐禅体験後は、日本庭園の見学も出来ます。日本文化を五感で体験できるため、観光客の方にも強くお勧めしたいです。
両足院内の庭園(11月15日、筆者撮影)
坐禅は、朝8時半から始まります。約90分程度、インターバルを挟みながら、3回に分けて禅を組みました。詳しくは、「坐禅のすゝめ(上)」をご覧ください。
http://allatanys.jp/blogs/25589/
体験するまで、坐禅といえばひたすら無を目指すもの、というイメージを抱いていました。しかし、実際はその逆。まぶたを閉じ、外の音に耳を傾け、体をじっとさせる。すると、色々なことに気がつきました。
聞こえてくる鳥のさえずり、足のしびれや肌寒さなど体の様子、お香の匂い。何より驚いた気づきは、体が揺れているということ。冒頭、僧侶の方から「坐禅中は、じっとしていなくてもいい。体は揺らしながら、心地よいかたちで」と説明がありました。じっとしないなんて、逆に難しいのでは?と、半信半疑で目を閉じました。ですが、教わった手順を頭で反復しているうちに自然と体が揺れていました。無理に意識しなくとも、体が左右に小さく揺れている感覚はとても新鮮でした。
体を揺らし心地よい姿勢で、禅を組む。初心者ではありますが、次第に禅の世界に没入できているような気持ちになりました。実際、15分の坐禅時間は、ほんの数分程度の感覚でした。頭の中では、あれこれ気づきがあるのに、時間の経過はあっという間。個人の感想に過ぎませんが、これが坐禅の感覚なのかもしれないと、思わされました。
坐禅を組んで気がついたことは他にもあります。それは、日常生活でいかに自分の心や体の様子に気がついていないか、ということ。自分の心身の様子を感じ取ることで、あらためて気づかされました。
大学の講義やアルバイト、日々、様々なことに追われ、頭を働かしています。共感してくださる人も、きっと少なくないはずです。考えてみれば、自分の心や体に意識を向けることはあまりないように思います。自覚するのは、高ぶる感情や痛みなど症状を伴う体の不調ばかり。他にも見逃している、心や体の様子がたくさんあるのだと思います。坐禅を体験して、改めて自分の様子と向き合い、自分自身を大切にしなければなと、考えさせられました。
坐禅は決して、難しいことではありません。あらたまって禅を組まなくとも、脱力し呼吸をする。その時間は、坐禅になり得るそうです。
僧侶は日常のルーティンの中に組み込むことを勧めていました。カーテンを開けると同時に脱力する時間を設ける。顔を洗った後に、少し脱力してみる。形は、何だって良いそうです。
雑事に追われ、つい自分のことを後回しにしてしまう。何だか、余裕が持てない。そんな時は、毎日の生活に禅の時間を設けてみませんか。いつもよりも、自分を大切にできるかもしれません。
参考記事:
21日付 朝日新聞朝刊(経済)7面「10月の訪日客、最多の331万人 年3000万人、最速突破」
参考資料:
両足院パンフレット