アパレル産業の担い手を尋ねる②種子栽培をめぐる問題と児童労働の現状を探る

連載「アパレル産業の担い手を訪ねる」の第2回は、インドのテランガナ州にある都市ガドワルの綿花農家から、「オーガニックコットンをめぐる問題」と「積み残された児童労働」について考えます。

 

積み残された児童労働 背景に種子栽培ならではの特性とカースト制

ガドワルは、テランガナ州の 31 地区のうちの 1 つ、ジョグランバという地区の中心地にある人口約60万人 の町です。世界の子どもを児童労働から守るNGO「ACE」 と、 住民の社会的経済的発展や人権保護を目的として1997年に設立された現地のNGO「SPEED」が児童労働を撲滅するために活動をしてきた地域に位置しています。また、コロナ流行以前に日本企業が児童労働の撤廃に加えて、オーガニックコットン栽培の普及も目指した活動に取り組み、実際に成果をあげた農場の所在地でもありました。

今回ガドワルを訪ねるために、当時その企業で活動を担当していた稲垣貢哉さんに案内していただきました。世界の繊維業界をサスティナブルにするため活動する国際NPO法人「Textile Exchange」でアジア地区アンバサダーを務めていた稲垣さんに、現地のかつての様子や児童労働が後を絶たない背景について、話を伺いました。

「そもそも児童労働は法律で禁止されています。それでもなくならないのは、賃金が安いため、また多くの親が実の子どもを働かせているという構造から罪に問われにくいためです。 他にも、親自身が学校に通っていないため子どもにも通わせようと思えなかったり、また全ての農家が土地を持っているわけではないため、土地持ち農家がそうではない農民を雇う際に『より安い労働力』として子どもを雇ったりしていることも、問題が解決しない要因となっています」

「さらに種子を栽培するためには、綿花を一つ一つ手で受粉させなければなりません。遺伝子組み換え種は高さが2mを超えるものもありますが、非遺伝子組み換え綿花の高さは60㎝から1m程度。背丈の低い作業が続くと大人は腰などが痛くなってしまいますが、子どもはそうではありません。このような理由から、種子栽培は子どもの方が適しているとして、児童労働が続いてきたとも言われています」

「村で唯一、裕福な暮らしを送っている村民は以前、『絶対に種子栽培をやらない』と話をしていました。遺伝子組み換え綿は多くの水と農薬や肥料を必要とするためコストがかかり、人手もいるためです。さらに受粉ができるのは花が咲いている期間だけなので、時間も限られています」

「しかし今も多くの農民は、家に訪ねてきた『シードオーガナイザー』と呼ばれる種の中間業者に進められるままに、種子栽培をしています。裕福で知恵のある彼は、農民たちと話をすることはありません。 なぜならカーストが違うからです。またシードオーガナイザーは直接農家とやり取りをし、私たちとの接触はかたくなに拒みます。会ったことはありません。逃げられます」

 

鍵は農民との「信頼構築」

訪れた農場では、日本企業からの支援がなくなった今も、農薬を使わない方法での綿花栽培が続けられていました。転換支援が一時的なものに終わらなかった背景には、農民と信頼関係を築くための「工夫」がありました。

「綿だけではなく、トウモロコシも一緒に栽培しました。農薬を使用して栽培すると、土が悪くなり、畑がひび割れしてしまう。無農薬で育てた土と、ひび割れした土とでは、トウモロコシの実のなり方が全然違います。綿は品質の良し悪しがパッと見て分かりにくい。だから他の作物で見せました。『食べ物は農薬がないほうがいいよね』とも伝えました」

 

「子どもたちには農場で働かせたくない」

農業で生計を立てているという男性に話を伺いました。男性は「自分の子どもたちには勉強をさせたい。彼らが警察官や教師になるように教育したい」と話しました。

「収入が保証される職業であれば、何でもいい。農業は、雨が降らない年は収入が保証されない。儲からないから農場で働かせたくない。もし子どもたちがどこかの都市に行き、そこで幸せになるのであれば、私たちはそれでいい。彼らには幸せになってほしい。ここで苦労してほしくない」。

また町の教育施設を訪れた際に、大学院で修士課程を修了したという若い女性の先生に出会いました。彼女は「唯一の富は教育だ」と語ります。

「識字率が低いということは、バスが道路を走っているとき、番号も読めないし、行き先も読めないということ。誰かに頼らなければならない。私はこのバスはどこへ行くのか、理解したかった」

今は文字を認識し、数字を認識することができる。私立の学校でも、公立の学校でも、女の子たちにはたくさんのチャンスがある。だから子どもたちには勉強することを奨励すべきです」

「農業で富を得ることはできません。唯一の富は『教育』です。そして唯一、受け渡すとのできる教育の機会を、私たちは与えたい」

そのうえで、最後に「農業から完全に手を引くべきだと言っているのではない」と付け加えました。

「農業も学ぶべきです。農業は技術であり、都会から来た人は農業をすることができないからです。農業も一種の職業であり、その科学も学ぶべきです」

種子栽培なくして、綿花の栽培も、綿製品の生産もあり得ません。しかし、今回訪れたガドワルのような取り組みを進めている地域や団体はインド全土では稀でしょう。その上、ガドワルにおいてもまだまだ農民の立場は弱く、課題が山積していることを思い知らされました 。

連載「アパレル産業の担い手を尋ねる」第3回となる次回は、「コンタミネーション」と呼ばれる、素材や製品の加工後に残留する付着異物をめぐる問題について考えます。

 

参考資料
厚生労働省「海外情勢報告 2014年『第6章 南アジア地域にみる厚生労働施策の概要と最近の動向』」
https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kaigai/15/dl/t6-01.pdf
特定非営利活動法人ACE「コットン生産地支援「ピース・インド プロジェクト」」

コットン生産地支援「ピース・インド プロジェクト」