今月5日に投開票が行われた米大統領選挙。共和党のドナルド・トランプ前大統領が勝利を確実にしました。米国が世界中に与える影響は経済、安全保障、環境対策、移民問題等多岐に渡ります。分断が広がる米国において、教育現場で広がる「禁書」が新たな火種になっています。
米国において禁書そのものは、新しい現象ではありません。以前から子どもたちがどんな本を読んでいるのかを心配する親が、学校や図書館に苦情を寄せることはありました。しかし2021年頃から、書籍撤去を求める声が組織化され過激になっているのです。
◾︎米国で禁書指定された図書
異議申立ての対象となる本には、以下の共通テーマがあります。
・LGBTQの話題や登場人物に関係する
・性、中絶、10代の妊娠や思春期に関係する
・人種や人種差別に関係する、または有色人種を主人公としている
・歴史、特に黒人の歴史に関係する
有害図書として撤去された作品を列挙すると、サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』、マーガレット・アトウッド『侍女の物語』、アンネ・フランク『アンネの日記』(グラフィック版)、トニ・モリスン『青い眼がほしい』(ノーベル文学賞受賞作)などがあります。
確かにこれらの作品には、性的描写や人種・性別・マイノリティへの差別や弾圧が描かれています。しかしその目的は、そうした行為の推奨ではなく、警鐘を鳴らすことなのです。文脈を捉えずに特定の描写だけを切り抜いて規制するのは、「子どものため」の適切な行為なのでしょうか。
◾︎政治的背景
23年度上半期に、学校図書館での禁書が最も多かったのはフロリダ州で、3135冊が撤去されました。撤去数が急増した背景には、子どもたちが読む図書や使う教材を規制する目的で制定した州法があります。また、トランプ前大統領の存在も禁書運動活発化に影響を与えていると考えられます。白人至上主義を容認するトランプ氏の姿勢から、保守派が勢いづいているのです。
こうした書籍を学校や図書館から排除したい人は「読みたい本があれば購入すれば良い」と主張していますが、この理屈は経済的に余裕のある人にしか当てはまりません。「子どものため」という言い回しも、ただの常套句でしかありません。
◾︎現実となりつつあるディストピア
過激化する禁書運動から筆者は、小説や映画で見た世界が現実化しつつある、と考えました。それは、管理者のもと個人の尊厳や自由が抑圧された「ディストピア(Dystopia)」世界です。
鴻巣友季子さんの著書『文学は予言する』(2022年,新潮社)には、ディストピア世界の共通点やその兆しとして、以下の3点が挙げられています。
① 婚姻・生殖・子育てへの介入 ②知と言語の抑制 ③文化・芸術・学術への弾圧(『文学は予言する』,鴻巣友季子,2022 年,新潮社,p24)
また、ディストピア社会における文学の統制についても以下のように述べられています。
実際、ディストピアものに出てくる監視社会では、人びとのリテラシーを低く抑え、豊かな情緒を育まないよう、優れた文学や学問へのアクセスを禁止し、国が認めた書籍(多くはプロパガンダ目的の)だけを読むよう仕向けるのが定石である。(『文学は予言する』,鴻巣友季子,2022年,新潮社,p89)
以上のことから、米国内における禁書運動の広がりは、ディストピア世界への兆しと言えるのではないでしょうか。個人を小さなものとして捉え、厳しい統制で社会全体の都合を最優先するような世界で生きたいとは、決して思いません。
親が子どもを心配し、接触できる図書を制限しようとする行為自体を非難することはできないでしょう。作品中の描写が、偏った考えやトラウマを子どもに与えることは、確かにあり得るからです。しかし、それ自体を悪だと捉えるのではなく、「このシーンにはこんな問題点がある、だからこれを直接受け止めては駄目だ」と教えることが、大人の役割なのではないでしょうか。
参考記事:
・2022年10月28日付 朝日新聞GLOBE+ 「人種やジェンダーなど関連本の禁書運動」 https://globe.asahi.com/article/14750697
・2022年4月28日付 日経電子版 「米教育現場で広がる『禁書』、分断の火種に」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN13EAH0T10C22A4000000/
参考文献
・『文学は予言する』,鴻巣友季子,2022年,新潮社