心地よい風が肌を撫でた。一面に広がるコットン農場で、背丈およそ30cmの綿の木が根元からわさわさと揺れている。耕された柔らかい土を踏みしめながら辺りを見回すと、淡く広い空の下、みずみずしい草木と赤茶色をした肥沃な土が縞模様をつくっていた。
7月下旬、筆者はインド南部に位置するテランガナ州のコットン農家に足を運びました。インドは世界最大のコットン生産国のひとつで、綿花の多くは遺伝子組み換えの種子から栽培されています。人権問題に関するキャンペーンや啓蒙活動を実施している非政府組織「India Committee of the Netherlands」が2015年7月に発表した調査報告書によると、コットンの種子生産においてインド国内で雇用されている子どもの数は、減少してはいるものの現在も非常に多いことが明らかになりました。テランガナ州はコットンの種子栽培が盛んな都市のひとつであり、児童労働が問題視されている地域でもあります。
2013 年のラナ・プラザ崩落事故などをきっかけに、世界各国でファストファッションをめぐる様々な問題が浮き彫りになり、生産体制の見直しが迫られるようになりました。
ラナ・プラザと呼ばれる商業ビルでの惨事は、2013年4月24日にバングラデシュ・ダッカ近郊で発生しました。高層階に入居していた縫製工場が崩壊し、アパレル産業を中心に少なくとも1132人の死者、2500人以上の負傷者が確認されました。この事故をきっかけに、バングラデシュでは安全性確保に向けた取り組みが進み、政府による法令順守のための監視は強化されたといわれます。
国連貿易開発会議(UNCTAD)は、ファッション業界を「世界で第2位の汚染産業」とみなしています。実際に今年9月29日に刊行された日経ヴェリタスでも、ファッション業界の温暖化ガス排出量や環境汚染に世界で厳しい目が向けられるようになってきたことや、株式を売却する投資家が現れたこと、当局によるファストファッション規制の動きも出ていることなどが報じられました。
一方で、消費者庁が実施した「物価モニター調査(令和3年7月)」によると、アパレルファッション産業の環境負荷やサプライチェーンの問題について約6割が具体的に知らないと回答するなど、ファストファッションが抱えている問題は依然として消費者に知られていません。それでもこうした課題をよく知っていると回答した約4割の消費者では、衣服を購入するときに環境、人権、社会に配慮した製品を購入する割合が相対的に高く、サステナブルな行動につながっている傾向がみられることもわかりました。
調査結果をうけて、消費者庁は「『サステナブルファッション』に関する消費者意識調査(令和3年7月調査)」で「消費者の行動変容のためには、アパレルファッション産業の課題についての認知度を高め、さらに、取り得る具体的な行動の内容について情報提供をすることが重要」と記しています。
誰にとっても身近な「服」。しかし今日着ているものが、どれだけの人の手を経てつくられたものなのか、彼らがどこに住んでいて、どのような労働環境のもとで雇用されているのか、私たちは知るよしもなければ、考えるきっかけすらありません。
そこで筆者はこの夏、インドに渡り、綿花の栽培から服の販売まで、農場や工場を回りました。連載「アパレル産業の担い手を尋ねる」では、インド南部の種子農場から、コットンの種子栽培をめぐる問題について考えます。
参考記事
10月1日付日経電子版「ファッション業界、環境対策迫る潮流 進まぬリサイクル」
参考資料
オランダ―インド委員会「コットン農場の忘れられた子どもたち インドのハイブリッド・コットン種子生産における児童労働と低賃金の問題」
株式会社グローバルインフォメーション「コットン:市場シェア分析、業界動向と統計、成長予測(2024~2029年)」
消費者庁「外食及びサステナブル・ファッション等に関する意識調査結果」
消費者庁「ファッションと環境」
消費者庁「令和3年度サステナブルファッション消費者調査結果報告」
特定非営利活動法人ACE「コットン生産地支援「ピース・インド プロジェクト」」
特定非営利活動法人ACE「コットン種子生産における児童労働と最低賃金の問題についての調査結果を発表」
独立行政法人日本貿易振興機構「縫製工場『ラナプラザ』崩落事故から10年」