教育を取り巻く社会や家庭の問題 再発防止のための加害者報道

筆者が在学する西南学院大学で先月28日、「教育を取り巻く社会や家庭の問題」をテーマとした講演会が開催されました。ゼミ活動の一環で企画・運営・進行を務め、話題のベストセラー『母という呪縛 娘という牢獄』(講談社)の著者である齊藤彩さんをお招きし、事前に本書を読んだ学生や一般の参加者とともに、教育について意見を交わしました。

 

◾︎『母という呪縛 娘という牢獄』と滋賀母親殺害事件

当時看護学生であった娘が母親を殺害し、遺体を損壊・遺棄したという事件を描いたノンフィクション作品『母という呪縛 娘という牢獄』。この背景には、母親から娘への異常なほどの執着と難関国立大医学部への進学強要、9年にもわたる浪人生活がありました。

「医学部9浪」ということばの強さから、この事件を覚えているという人は少なくないでしょう。「教育虐待」という言葉が知られるようになった要因の1つでもあります。

 

◾︎佐賀鳥栖両親殺害事件と教育を取り巻く社会や家庭の問題

教育虐待のような、教育を取り巻く社会や家庭の問題に筆者が関心を持ち始めたのは、佐賀県鳥栖市で2023年3月9日に発生した殺人事件の報道がきっかけです。

当時大学生だった長男が、両親の首や胸などを複数回刺して殺害しました。長男は勉強や成績を巡り父親から、暴言や殴る蹴るなどの暴力を受けていました。地裁の被告人尋問において、長男は教育を理由とした身体的・精神的虐待を父親から受けていた、と供述しました。地裁、高裁の判決は、ともに心理的虐待、身体的虐待、教育虐待を認めています。

親の教育への意欲やエゴが子どもに恐怖や苦痛、憎しみを感じさせ、殺人事件にまで発展したということに、筆者は衝撃を受けました。一方で、勉強や成績、進路を巡り、家庭内で揉めたことがあるという人は少なくないのではないでしょうか。教育をめぐる問題は珍しいものではありません。

 

■家庭での役割

教育を取り巻く問題が発生する要因は、いくつか考察されます。講演会では、以下の3点が挙げられました。

①    不況と医学部信仰 ②東アジア圏の儒教思想 ③親一方の不在

特に、不況と医学部信仰は、滋賀の母親殺害事件における重要な要因です。バブル崩壊後、企業の倒産が増加し、失業率が上昇しました。名だたる大学を卒業しても、就職が困難な状況が続きます。そこで、賃金が高く、社会的な地位が安定している医師になろうと医学部人気に拍車がかかりました。「人生における成功=医師になること」といった価値観が生み出されたのです。これは、今なお残っています。

 

■加害者の視点を捉える重要性

本講演会から学んだのは、加害者の視点を捉えることの重要性です。これは家庭を取り巻く問題に限りません。

「教育虐待」という言葉が世間に知られるようになったことは、教育をめぐり家庭内で苦しんでいた人々が、自身の現状を理解するきっかけとなりました。実際に、鳥栖の両親殺害事件の報道に触れるなかで、親の干渉が虐待にあたると知った人もいます(9月3日付 朝日新聞朝刊 24面 「『医者になれ』父が指図」)。反対に、自分の勉強の強要が、子どもとの関係に甚大な悪影響を起こすかもしれないと自覚した親もいるかもしれません。

「加害者がなぜ犯行に及んだのか」。この点をしっかりと取材し、社会に知らしめることは報道の重要な役割でしょう。

 

本講演会では1つの事件に着目し、教育を取り巻く社会や家庭の問題について議論を深めました。日本中では日々、数多くの事件や事故が発生しています。次々と打ち寄せる情報の波により、一つひとつの事件に注目することは難しいのが実情です。しかし、同じ惨事を繰り返さないために、どうしたら犯行を止められたのか、元凶はなんだったのか、考えていく必要があります。

 

参考記事:

・9月3日付 朝日新聞朝刊 24面 「『医者になれ』父が指図」

 

参考文献:

・齊藤彩著『母という呪縛 娘という牢獄』,2022年12月16日,講談社

編集部ブログ