南欧スペインでは、公共空間における政治的表現が多く見られます。10か月滞在したカステジョン県は、ロシアのウクライナ侵攻を受けてウクライナとの連帯をはっきりと表明していました。市民の憩いの場であるプラサ・マジョール(広場)では、反戦のメッセージが込めて、ウクライナ国旗を模した垂れ幕がつり下げられています。市旗に並ぶ大きさの垂れ幕は市議会によるものです。政治的表現が人々の日常に溶け込んでいることが印象的でした。
「戦争にノーを。カステジョンはウクライナとともに」と書かれた垂れ幕(23年9月9日筆者撮影)
カステジョン空港のターミナルでは、展覧会「抵抗のアート ウクライナ-カステジョン」が開催されていました。平和を祈る5人のウクライナ人アーティストによる作品が並びます。表現されているのは、爆撃で燃える街や血に染まる人々、ウクライナの国旗など。ロシアのウクライナ侵攻を受けて2022年、日本でも写真家の宮本直孝さんの作品が表参道駅コンコースの壁画を飾りました。しかし、東京のような大都市ではなく、人口60万ほどの小さな街でこのような公共空間での政治的表現が見られることに、私は強い衝撃を受けました。
戦火のなかでも抵抗する姿勢を示す老人夫婦(1月12日筆者撮影)
爆撃のグラフィックから浮かび上がるウクライナ国旗(1月12日筆者撮影)
カステジョン県唯一の大学、ジャウメ1世大学の広場では、パレスチナ支援を訴えるデモ活動が連日行われていました。ステージを囲むように、多くの市民が集まっています。学生グループは図書館正面にテントを張り、15日間もとどまりました。彼らが求めたのは、パレスチナの解放そして戦争に加担しない権利です。いくら自身でイスラエルのボイコットのために不買運動をしても、所属する大学がそうでなければ意味がないと考え、市民を巻き込んで平和的な抗議活動をキャンパス内で行ったのです。
大学の広場に集まる学生・教授、市民ら(5月16日筆者撮影)
広場に貼られた、イスラエルによる空爆の惨状を伝えるビラ(5月16日筆者撮影)
スペインでの留学生活を通じて、表現の自由が民主主義の大きな柱であることを再認識させられました。ブラジル最高裁のモラエス判事は8月30日、X(旧ツイッター)で偽情報やヘイトスピーチが拡散され、対策も不十分であることを理由に、同国内でサービスの運用を停止する命令を出しました。このX遮断に抗議して、右派ボルソナロ前大統領の支持者を中心に数千人がデモに集まったのです。Xのイーロン・マスク会長は「表現の自由の侵害」と主張し、全面的に対決する姿勢を取ってきました。しかし20日、その態度を一変させて「対策を実施する」という内容の書面を同国最高裁に提出しました。SNSを通じて偽情報が拡散されたり、社会の分断が加速したりするといった課題はあるものの、民主主義の根幹である表現の自由を妨げることは決して許されません。
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