「地面師たち、見た?」。最近、複数の友人から尋ねられました。「地面師たち」はネットフリックスが制作・配信しているドラマで、再生ランキング1位を獲得しました。今やネットフリックスの映画・ドラマの中でも再生回数が多いヒット作品となっています。
ついこの間までは宮崎駿監督の「君たちはどう生きるか」やクリストファー・ノーラン監督の「オッペンハイマー」を鑑賞したかどうか聞かれていました。冒頭の「地面師たち」も数週間後には話題にならない存在となるのかもしれません。コンテンツが無数に生産され、配信される昨今では流行の移り変わりも目まぐるしく感じられます。
そんな中、若者の間では「タイパ」という言葉が使われています。「タイムパフォーマンス」の略で、一定の時間の中での成果を指し、これを最大化させるのを是とする価値観も含まれています。現代用語の基礎知識によれば、「時間効率主義」とも言われるようです。
この「タイパ」が現代の若者の消費行動などを読み解くうえでの補助線となっているようです。例えば、「flier」というサービスは、ビジネス書や教養書などを10分で読める程度まで要約して配信しています。話題の書籍などをいち早く読破したいけれども、時間がないという人々がこのサービスを利用し、要点を掴むことを優先しているようです。
「タイパ」の対象は、書籍に限りません。映画やドラマなどありとあらゆるコンテンツが時間対費用を求められています。その最たる例が、倍速再生です。ネットフリックスなどの配信サービスでは、映画などを2倍速などで見ることができる機能が標準で搭載されています。市場調査会社のクロス・マーケティングによると、全体で47%の人が動画コンテンツを早送りで視聴した経験があると答えたそうです。
さらに、「ファスト映画」と呼ばれるコンテンツも登場しました。これは、映画やドラマの主要なシーンを切り取って再編集し、10分程度に要約したもので、YouTubeに度々アップロードされました。当然ながら、著作権の対象となる映像を無断で加工し、動画投稿サイトに共有することは違法で、2021年には逮捕者も出ています。とはいえ、数万回から数十万回の視聴回数を記録するなど一定の需要があったために「ファスト映画」は数を増やしていきました。
それでは、なぜ多くの人が「タイパ」を求めるようになったのでしょうか。一つにコンテンツのインフレーションが起きていることが原因だと考えます。映画・ドラマは、ネットフリックスなどの登場により、テレビの放送枠に囚われずに制作が可能となりました。Youtubeでは、膨大な数の動画が毎日投稿されています。
コンテンツが増える一方で、使える時間に変化はありません。早稲田大学の黒田祥子准教授によれば、1976年から2006年の30年間の余暇時間に大きな変化はありません。むしろ男性に限って言えば、週あたりで5時間程度減少しています。限られた時間の中で無数のコンテンツを「消費」するためには「タイパ」を重視することは当然なのかもしれません。
また、目まぐるしく変化する流行に追いつきたいという思いから「タイパ」が求められているのかもしれません。冒頭のやりとりにあるように流行の作品が会話の糸口となったり、話題の中心となったりすることが多々あります。
テレビが全盛期だった時代には、当然皆が同じものを見ているという前提がありました。しかし、コンテンツが多様化する現代では、それぞれが好きな動画などを視聴し、可処分時間を消費しています。そうした中でも共通の話題を知っておくことは必要であり、流行の作品を視聴することで会話に追いつこうとする人がいるのではないでしょうか。
映画を早送りで見るなどの「タイパ」行動に否定的な人もいるようですが、これも時代の趨勢なのかもしれません。著者は、映画を早送りで見ると物語の筋を追えないため、能力的にできませんが、いち早く作品を見終えたいという気持ちはわかります。とはいえ、せっかくの余暇なので、ゆったりと過ごしたいものです。
朝日新聞『「ファスト映画」投稿の疑いで逮捕 宮城県警、全国で初』(https://digital.asahi.com/articles/ASP6R65GYP6RUNHB00N.html?iref=pc_ss_date_article )2021年6月23日 配信
クロスマーケティング『動画の倍速視聴に関する調査(2024年)』