企業の成長支えるM&A 懸念も

企業が事業領域を拡大する手段の一つであるM&A(合併・買収)。近年、日本企業が関わる案件数は増加傾向にあります。

国内の人口減少を背景に重要性を増すM&A。その現状と課題を探ります。

 

◯海外・新領域に活路

日本では人口減少が続き、企業にとって国内市場の中長期的な成長は見込みづらくなっています。

一例が、近年は加入率が80%前後と横ばい状態の生命保険。国内市場はすでに成熟し、今後は少子化による加入者の減少と高齢化に伴う保険金支払いの増加が業績を圧迫することが予想されます。

こうした中、各社は海外事業に力を入れています。先月14日、明治安田生命は米中堅生保の買収を発表しました。買収額は約20億ドル(約3000億円)で、強みである団体保険事業の強化を図ります。日本生命や第一生命ホールディングス(HD)も今年に入って北米の現地企業への出資や買収を発表しており、海外市場への関心の高さが窺えます。

事業の多角化も進んでいます。昨年11月、日本生命はニチイHDを買収し、介護事業に参入しました。高齢化に伴い成長が見込まれる分野を取り込み、基盤の強化を図ります。今年3月には第一生命HDも福利厚生代行のベネフィット・ワンを争奪戦の末に買収しており、各社の動きが活発になっています。

 

◯人手不足

人手不足を背景としたM&Aも目立ちます。

「2024年問題」で深刻な人手不足が懸念される物流業界では、佐川急便を傘下に持つSGHDが同業のC&FロジHDの買収を発表するなど、業界の再編が進んでいます。

また近年、中小企業では後継者不足が深刻な問題となっています。こうした中で事業継承の一類型として活用されているのがM&Aです。ただ、悪質な仲介業者の暗躍が指摘されるなど、問題点も見られます。中小企業庁は先月「中小M&Aガイドライン」を改訂し手数料額に関する記載を追加するなど、公正なM&A環境を整えるために発信力の強化に努めています。

 

◯懸念も

海外企業の買収には懸念もあります。

先日、バイデン米大統領が日本製鉄によるUSスチール買収に中止命令を出す方向で調整しているとの報道がありました。共和党の大統領候補であるトランプ氏も買収に反対の姿勢です。

USスチールが本社を構えるペンシルベニア州は大統領選の激戦州であり、民主、共和両陣営とも労働者票の取り込みを狙う思惑が透けて見えます。120年以上の歴史を持ち、かつてはアメリカの経済力の象徴だった大企業の日本企業による買収提案は、大統領選が迫る中で政治的な争点にまで発展しています。

中止命令が下されることになれば、他の企業による対米投資にも悪影響を及ぼしかねません。

分断が深刻化し、内向きで保護主義的な姿勢に傾くアメリカ。その影響は日本企業にも及んでいます。

日本製鉄本社が入るビル(7月20日筆者撮影)

近年盛んに行われる企業買収。その成否は日本の競争力に大きな影響を与えうるものであり、今後の動向に注目です。

 

参考記事:

日経電子版「日鉄の米社買収阻止、識者「政治圧力は米投資に悪影響」」(2024年9月7日)

9月6日付 朝日新聞朝刊1面「米、USスチール買収「阻止」 バイデン氏、週内にも表明か」

9月6日付 読売新聞朝刊2面(総合)「米、USスチール買収阻止 数日中に発表か 米欧メディア報道」

日経電子版「バイデン氏、日本製鉄のUSスチール買収阻止へ 米報道」(2024年9月5日)

日経電子版「明治安田が3000億円買収発表 国内は飽和、米国に活路」(2024年8月14日)

日経電子版「日本企業のM&A件数、1〜6月最高 物流で人材奪い合い」(2024年7月11日)

日経電子版「第一生命、ベネワン買収でパソナと合意 2173円でTOBへ」(2024年2月8日)

 

参考資料:

(公財)生命保険文化センター「2022(令和4)年度 生活保障に関する調査《速報版》」

中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)‐第三者への円滑な事業引継ぎに向けて‐」