日本から飛行機でおよそ9時間、ネパールで卒業論文に取り組む大学生がいます。筆者がネパールに滞在していた時に現地に住む日本人の知り合いの方から「ネパールで卒業論文を書いている学生がいる」と聞き、お話を伺いました。関東学院大学4年生の一場風輝(いちば・ふうき)さんはネパールの先住民族ネワール族を研究しています。きっかけは休学して世界を旅したことだといいます。どのような思いで世界を回り、現在ネワール族の研究をしているのでしょうか。
一場さんが卒業論文でネパールを取り上げようと思ったのは、大学4年時に休学して世界一周旅行に出たことがきっかけだといいます。特にインドに行った際にガンジス川沿いで行われていた儀式に目を引かれました。今でもカースト制度が根強く残る地で、どのような人が何のためにお祈りを捧げているのか気になって仕方がありませんでした。当時、インドの祭りや儀式を実際に見ても全く分からなかったと振り返ります。
現地に行っても分からないことが多いのに日本で参考書だけで卒業論文を書くことは出来ないと感じた一場さん。帰国後、旅の思い出を振り返っているとネパールの首都カトマンズの街並みの美しさがふと頭に浮かんだといいます。あの美しい町並みはどこからきているのだろう。調べていくとカトマンズ盆地の先住民族ネワール族によるものだと分かりました。そして8月7日から約2か月間、ネパール・バクタブルでネワール族の研究をしています。
一場さんは大学3年生の夏に祖母と叔父と初めての海外、インドへ行きました。常に自分の想像を超えてくるインドの生活は印象的だったといいます。宿の人にご飯を分けてもらったり、歩いているだけなのに変な人に絡まれたり。日本の生活とはかけ離れていて毎日が楽しく感じられました。帰国したときには、「今すぐに、世界一周旅行を」と強く思ったそうです。そして、4年生の夏に旅に出ました。
初めて両親に世界一周の旅をしたいと打ち明けた時は反対されてといいます。しかし、諦めずにパワーポイントに旅の目的、費用、時間、ルートなどの詳細をまとめて両親を説得しました。理解はしてもらっていないにしても、応援はするよと言ってもらえました。
世界一周旅行は日本を出発してタイ、ネパール、バングラデシュと進み合計26か国を回りました。一場さんはできるだけ多くの国へ行くというこだわりはなく、行きたい国を回っていたらその数になったといいます。かかったのはおよそ11か月。旅のために用意した資金は150万円。コロナ禍の大学1,2年生の時に「すき屋」の深夜帯の仕事で稼いだ資金や大学の奨学金、今まで貯めていたお金をかき集めました。
一番印象に残っている都市は西アフリカにあるコートジボワールでした。アビジャンの下町トレッシュビルに滞在中、マラリアに感染してしまったからだといいます。病院に行っても言葉が通じず他の病気の検査をされてしまいました。そしてなんとかマラリア検査にたどり着いた結果はpositive(陽性)でした。ポジティブ=前向き、だから大丈夫だ!と喜んでいたら医者に「お前は良くない。薬を買って来なさい」と言われ、療養生活が始まります。
マラリアは蚊に刺されることで感染する病気で、ヒトからヒトにはうつらないとされています。ですので、毎日宿周辺の人々に挨拶したり、子供と遊んだりしました。みんなと仲良くなることができ、とても楽しい思い出になったと振り返ります。マラリアと聞くと気分が落ち込みマイナスに捉えがちですが、プラス思考を忘れてはいけないといいます。
また、アルゼンチンに滞在中は北西部ティルカラで同じように旅をしていたアルゼンチン人と仲良くなりました。後にその人の地元を訪れた際に家に泊めさせてもらい、毎日パーティーのようで楽しかったと話します。
一場さんが旅をする上での目的は「人として成長する」ということです。このことを意識し始めるきっかけになったのは大学3年でのインターンシップでした。企業は即戦力よりも人間性を重視していると感じた一場さん。今のまま職について良いのだろうかと疑問に思ったのも旅に出た一つの理由です。旅をしていく中で確実に変わったことはより前向きになれたことです。困難を困難と思わない気持ち。苦しめば苦しむほど成長できるということでしょう。
世界一周旅行をするということは無駄なお金は使えないと一場さんは話します。2週間程度の滞在でしたらSIMカードも買いませんし、インドでしたら日本円で500円ほどの宿を当日に交渉して回ります。SIMカードに頼らない一場さんに筆者は驚きましたが、オフラインで使えるMAPアプリなどもあり、普通に生活できるそうです。もちろん、不安な地域もありますが、あまりネット情報にとらわれ過ぎずに自分で実際に行って見てみて感じたことを大切にするのが大切なようです。
ネパールの治安は安定していて快適に滞在することが出来ますが、インフラが整備されていない地域が多く、思うように水や電気が使えません。筆者が滞在していたカトマンズ郊外のティミや首都からバスで2時間ほどの場所にあるスクティでは毎日のように夜になると停電しました。また信号も整備されていない地域が多く、交通量の多い道路や山岳地帯の道では事故が頻繁に起きます。
8月15日には筆者が滞在していたティミでも痛ましい死亡事故が起きました。現地メディアによると交通検問を受けていたスクーターの後ろからトラックが衝突し、スクーターの65歳の男性が死亡しました。その後、警察の検問方法に問題があると訴えた地元住民たちがトラックや警察に石を投げつける騒ぎが起きました。
海外へ行くと日本を外から見ることができます。伝統的な文化はもちろん、道路や信号、標識が整備されていたり、お湯や電気が使えたりすることも日本の魅力です。
一場さんは大学卒業後、水産系の会社で働く予定だといいます。社風や働き方が自分のやりたいことと一致したのが決め手になりました。海外で働くことができ、やり方次第で世界中を飛び回れます。また、旅行で各国にお世話になった人ができました。その人たちへの恩返しという意味でも世界中で働きたいと考えています。自分が取り扱った食品を通して間接的にでもつながることができる仕事は魅力的だといいます。
一場さんが今行きたい国は南極、北極、アフリカなどたくさんあります。行ったことのない地域に行くと新しい発見が多いといいます。筆者はネパールに滞在して、人間らしい生活というものを感じました。ネパール人は夜8、9時頃には寝て、朝は早起きして近くのお寺に行き、一日が始まります。また、8月は毎日、短時間に強い雨が降ります。時には雨宿りをさせてもらったりお茶を出してもらったりしたこともありました。一場さんとのやりとりを通じて、今後も相手への感謝の気持ちを忘れず生活していこうと考えました。