もうすぐ夏休み 夏期休暇をめぐる問題とは

「夏休み廃止されたら教師辞めるよ。教頭でも辞める。」

X(旧twitter)に投稿された、率直な思いから始まる呟き。5万以上の「いいね」が集まり、1万回近くリポストされました。引用されていた共同通信の見出しは、次の通りです。

夏休み廃止や短縮希望、60% 困窮世帯『生活費かかる』

認定NPO法人「キッズドア」が実施したアンケートによると、小中学生のいる困窮世帯の60%が、子どもの夏休みは「なくて良い」「今より短い方が良い」と考えていたことが明らかになりました。その理由として最も多く寄せられた回答は「子どもが家にいると生活費がかかるから」。物価高が続くなか夏休みは学校給食がないため家で食事を用意する必要があり、光熱費もかかることが背景にあげられます。

確かに困窮世帯を対象にしたアンケート調査であることに違いはありません。しかし生活費がかかるからと夏休み短縮を支持するというひとが一定数いることには、驚きを隠せませんでした。

夏休みを楽しみに思うことは、もはや当たり前のことではなくなってしまったのでしょうか。

そもそも夏休みとは誰のための、何を目的にしたものなのか、調べてみました。

 

東京学芸大学教職大学院准教授・渡辺貴裕著『明治期における長期休暇をめぐる言説の変遷』(2003)によると、長期休暇制度が小学校に普及したのは1877年(明治10年)頃と考えられています。文部省は1881年(明治14年)に「小学校教則綱領」第7条において「小学校二於テハ日曜日,夏季冬季休業日及大祭日,祝日等ヲ除クノ外授業スへキモノトス」と規定しました。これが、長期休暇が全国的な法制度上で明示された最初のものにあたります。

長期休暇制度の存続をめぐっては、その後、明治期全体を通して議論されました。とりわけ1888年(明治21年)7月、「教育時論」の社説欄に「学校の暑中休業」という論考を発表したことをきっかけに、議論が一気に沸騰しました。論考で主張された観点は、「生徒の体力」「授業の損益」「学校の経済」という3つの観点から長期休暇制度の廃止を主張するもので、猛暑期であっても2時間程度の授業なら身体に有害ではなく、授業を行えば『児童の習慣を固定せしむる上』で有益であり、夏休みに働いていない教員に報酬を与えるのは大きな浪費であるとしていました。

この社説に対してはすぐさま批判が寄せられました。小学校教員にとって、長期休暇は「新知識ヲ供給スルノ市場」「新方法ヲ輸入スルノ源泉」であり、それによって得られる利益は「教育時論」が主張する「浪費」を遥かに上回ると反論したのです。その後も長期休暇の存否に関わる記事は数年に渡って掲載されました。

渡辺(2003)は1887年(明治22年)からの2年間に示された長期休暇制度の存続を扱う論説を一括して「夏期休暇存廃論争」として捉え、大きく4つの論点にまとめました。それぞれについて現代の社会情勢と比較し、昨今の子どもを取り巻く環境について考えます。

 

一点目は「夏の暑さが子どもに与える影響に関するもの」です。当時、廃止論者と存続論者は双方とも、夏期休暇を、暑さによる子どもへの悪影響を防止するために作られたものと捉えていました。しかし廃止論者は、夏の暑さが本当に子どもの健康に害を与えるほどなのか、早朝の涼しい時間であれば授業をできるのではないかと疑問を投げかけました。

気候変動により厳しい暑さが続く現代において、暑さが与える影響を考慮する必要はより一層増しているように感じます。しかし最近は教室にエアコンが設置されるようになり、文部科学省によると、2022年9月時点において公立小中学校等の普通教室で空調(冷房)設備を設置している割合は95%を超えたそうです。特別教室が63.3%に留まっていることなど課題も残されてはいるものの、学校における暑さへの対応はかなり進んでいるように思います。

むしろ、夏休みを迎えても、記録的猛暑の影響から外で遊ぶことが難しくなっていることの方が問題ではないでしょうか。7月14日に朝日新聞に掲載されたフォーラム「遊ばない子どもたち」では、「外遊びや運動遊びの機会が減り、子どもたちが身体を動かす時間が少なくなっている」背景として、そもそも遊べる場所が減っていることや、学校でも安全管理や教員の働き方改革、コロナ禍などの理由で子どもが運動する時間が減っていることが指摘されました。しかしその他の大きな要因として、厳しい暑さを考慮する必要性を感じます。実際に秋田県の小学校では、夏の代名詞のひとつであったプールについて、熱中症の危険性を考慮して夏休み中の開放を取りやめるそうです。

発達心理学者の内田伸子氏が主張しているように、「外遊び」によって育まれる力は、「視力」「運動能力」「言葉の力」、さらには「自発性」や「非認知能力」など多岐にわたります。とはいえ熱中症で倒れてしまっては本末転倒です。いかにして夏休み中の子どもの遊び場を確保するか、早急に検討しなければなりません。

 

二点目は「夏期休暇の職員にとっての利益に関するもの」です。教職員が新たな知識や方法を得るために夏期休暇が必要であるという主張に対し、廃止論者は「小学校教員は相応の学力を認められて資格をあたえられているのだから毎年学力を補完する必要はない」と反論しました。

近年、教職員の働き方をめぐり、部活動の指導等のため夏休みを迎えてもなお、教員は長時間労働を強いられていることが問題視されています。スポーツ庁・文化庁は、「学校部活動及び新たな地域クラブ活動の在り方等に関する総合的なガイドライン」を策定し、23年度からは休日の部活動の地域連携や地域移行が始まりました。しかしその効果は未だ十分に検証されていません。教職員にとって長期休暇は果たして「利益」となっているのか、そもそも「休暇」の意味を成しているのか、依然として議論の余地があるように思います。

 

三点目は「夏期休暇中に子どもが身につける習慣に関するもの」です。廃止論者から、夏期休暇中の子どもの不規則な生活による体調不良や、いたずらによる事故への懸念の声が挙がりました。存続論者から有効な反論はなされませんでした。

現代においても、夏期休暇中に生活が乱れることは十分にあり得ます。NTTドコモに設置された「モバイル社会研究所」が23年11月に実施した調査によると、小学生高学年のスマホ所有率は初めて4割を超え、小学6年生でスマホ所有率は半数を超えました。18年に「ネット・ゲーム依存専門外来」が設置された神戸大医学部付属病院・曽良一郎教授はかねてより「学校が長期間休みになる時期は、子どもたちのゲームやスマホへの依存が一気に進む危険性がある」と指摘しています。子どものスマホ依存は深刻な社会問題になりつつあります。

 

四点目は「子どもの学習進捗に関するもの」です。夏期休暇を廃止して授業をする利点として、廃止論者により主張されました。

コロナ禍を経て、子どもの学びの在り方は多様化しました。21年に文部科学省が実施した調査によると、全国の公立の小学校等の96.2%、中学校等の96.5%が、「全学年」または「一部の学年」で端末の利活用を開始したというデータもあります。一方で地域間のデジタルデバイドも新たな問題として浮上しています。

 

明治時代の「夏期休暇存廃論争」の後、夏期休暇中の子どもの実態調査を踏まえて、子どもの生活が家庭によって一定程度管理されるようになりました。制度が問題なのではなく、「夏期休暇中の子どもの生活管理」が問題であるという意識が教育関係者らの中で広がり、夏休みはその後も残り続けることになりました。

 

7月も半分が過ぎ、夏休みがまもなく始まります。

共働き世帯の増加をふまえ、こども家庭庁は、夏休みの時期などに短期間だけ開く放課後児童クラブ(学童)への補助金制度の創設に乗り出しました。25年度予算への反映を目指しています。

これまで、女性の社会進出は進んできました。しかし働き方そのものに大きな変化はありませんでした。サマー学童のニーズに応えるこども家庭庁の施策は評価できます。しかし、対症療法に過ぎないようにも思えます。また学童をめぐっても、人員不足や安全管理の難しさ、小学校4年生以降の枠の少なさなどは解決されていません。

子どもをめぐる問題は後を絶ちません。複雑に絡み合う様々な課題に、私たちはどのようにして立ち向かえばよいのでしょうか。

いつかもし、私自身が子どもを持つ親になったとしたら、果たして子どもと楽しい夏休みを過ごすことはできるのだろうかと、思い悩んでしまいます。

 

関連記事:
14日付 朝日新聞(東京13版)9面「(フォーラム)遊ばない子どもたち 現状は」

参考資料:
朝日新聞デジタル「炎天下に部活の大会準備10時間 休みなき夏休み、教員を襲った異変」

日経電子版「サマー学童に補助金 こども家庭庁、夏休みの受け皿拡大」

日経電子版「プールでも熱中症、猛暑で警戒 夏休み開放中止の学校も」

共同通信社「夏休み廃止や短縮希望、60% 困窮世帯「生活費かかる」」

モバイル社会研究所「小中学生のスマホ所有率上昇 調査開始から初めて小学校高学年で4割を超す(2024年1月29日)」

文部科学省「公立学校施設の空調(冷房)設備の設置状況について(令和4年9月1日現在)」

文部科学省「端末利活用状況等の実態調査(令和3年7月末時点)(確定値)」

渡辺貴裕(2003)「明治期における夏期休暇をめぐる言説の変遷」京都大学大学院教育学研究科