出産費用への保険適用なるか、変化の中身を知る

6月26日、厚生労働省は出産への支援策についての検討会を開催しました。背景には、「こども未来戦略」(令和5年12月22日閣議決定)のなかで、2026年を目途にした出産費用(正常分娩)への保険適用の導入などの支援強化策について言及されたことがあります。

検討会では、出産費用の保険適用について話し合われ、全国一律の公定価格化に向けた課題や、妊婦側の自己負担のあり方などが焦点になりました。

 

岸田内閣は、主要政策の1つとして、子育ての経済的支援を据えています。どんな取り組みとなっているのでしょうか。現行の政策と比較してみます。

 

現在は、帝王切開など一部のみが出産費用の保険対象となっており、いわゆる正常分娩は対象外でした。その代わり、出産育児一時金という50万円の給付制度があります。ただ、これらの支援では出産に関わる費用を全てカバーすることが難しいのが現状です。22年度の正常分娩の平均費用は54万円であり、10年間で12%上昇しました。また、都道府県別の平均費用は東京都の60万円が最高、熊本県の36万円が最低で、地域によって大きな差があるといえます。

 

仮に正常分娩も保険の対象になれば、妊婦側の負担は実質3割になります。しかし、保険適用を実現するにはいくつもの課題があります。

 

(1)既存の医療保険との整合性

そもそも公的医療保険制度は、病気やけがを対象としています。現状は、正常分娩は病気やけがではないという位置づけであり、保険の考え方に適合しません。

(2)実質的な負担が増える可能性

これまでは、出産育児一時金として50万円が給付されていました。しかし、出産に保険が適用されれば、一時金は廃止される公算が大きいといえます。22年度の正常分娩の平均費用は54万円であり、保険適用によって3割負担となれば約16万円を払わなければならず、負担額が増えることになりかねません。

岸田首相は、保険適用になっても個人の負担が増えないようにする考えを示していますが、自己負担を抑制する仕組み作りも並行して進める必要があるといえるでしょう。

(3)日本医師会の懸念

公的医療保険の仕組みに従って全国一律の診療報酬を設定すれば、医療関連の費用を回収しきれなくなると医師会側は懸念しています。経営が悪化し撤退する恐れがあるというのです。これまでは出産にかける経費を病院の裁量で決めることができたため、建物の内装やお祝い膳など独自のサービスを磨いてきた医療機関もありました。夜間の受け入れ態勢の整備など、出産に対応するための人件費も考慮すれば、低い価格設定となった場合には採算が合わず、受け入れを制限する病院が出てくることも考えられます。

 

海外では、出産に対してどのような制度が採られているのでしょうか。

一例として、無痛分娩が広く普及しているフランスの仕組みを紹介します。1994年に無痛分娩を健康保険でカバーすることが決定されました。2021年には、無痛分娩の実施割合が82.7%(Enquête nationale périnatale(フランス全国周産期報告) : Rapport 2021)とされており、無痛分娩が広く選択されていることがうかがえます。

 

この背景として、産科医、助産師、麻酔科医、麻酔看護師がそろった大規模施設に分娩を集約させていることや、麻酔科医がいないところで分娩を扱ってはならないという規定の影響があります。これらのため、麻酔科医を伴う無痛分娩を選択しやすいのです。

また、出産の集約化により自宅から遠い施設での出産がスタンダードになっているため、宿泊費が健康保険制度により賄われる「通院ホテル」というシステムが整備されています。このため、陣痛が始まってから無痛分娩に移るまでが較的スムーズに進むことが期待できます。

 

もちろん、出産するかはそれぞれの意志に基づいて選択されるべきことです。そのうえで、子どもを持ちたい人には、出産に対する支援に加えて、不妊治療に対する支援や育児における費用の軽減、出産後の職場復帰などキャリア面でのサポート、経済的不安を招く不安定な雇用形態の改善など、あらゆる段階において課題を解決する必要があるでしょう。

 

出産費用の「保険適用」という甘い響きに惑わされず、制度改革によって何が変わるのか、目指す社会のために何が必要なのかを明確にしなければいけないと考えます。

 

【参考記事】

2024年7月2日付 朝日新聞「【そもそも解説】出産費用にはどのような支援制度があるの?」

2024年6月27日付 日経新聞「出産の保険適用、自己負担議論 厚労省検討会が初会合 産科医、経営への影響懸念/妊婦側、子育て安心感訴え」

2024年6月26日付 朝日新聞「自己負担分は?閉院可能性など影響指摘も 出産の保険適用で検討会」

2024年5月16日付 日経新聞「出産の保険適用、議論本格化 費用の透明化に期待 厚労省、検討会設置」

【参考資料】

第1回「妊娠・出産・産後における妊産婦等の支援策等に関する検討会」資料 厚生労働省

第16回出生動向基本調査(結婚と出産に関する全国調査) 国立社会保障・人口問題研究所

田辺けい子、野口翔平編『無痛分娩パーフェクトガイド 助産師&産科・麻酔科専門医が教える必須知識とアセスメント』2023年6月25日、メディカ出版、p.150

こども・子育て政策|岸田内閣主要政策 首相官邸ホームページ