タイパ重視 抜け落ちていくストーリーとは

気になるドラマはネットのネタバレ記事でいいや。

 中学生くらいの私はずっとこの考えだった。元々、流血シーンなど少し過激な描写が苦手で、かつ、クラブチームと部活と塾に追われていたため、これがドラマの内容を把握する最も効率の良い方法だった。その時代にこそなかった言葉だが、時間対効果、通称「タイパ」を重視していたのかもしれない。これで満足しないことはなかったし、記事を読んで気になったら実際にチャンネルを合わせることもごく稀にあった。

 大学生になって、受験などが一通り終わって時間に余裕が出てきた頃、少しずつドラマや映画、ドキュメンタリーなどをしっかりと見る機会が増えた。そこで感じたのは、「文字だけの情報量って想像以上に少なかったんだ」ということである。見てきた中でも「どハマり」したのが、アイドルのオーディション番組。100人のデビュー候補者から、回を重ねるごとに半数が脱落していく番組の中では、アイドルを目指す人々は視聴者やレッスンをしてくれるトレーナーに自らの成長する姿を常に見せていく必要があった。

私が注目していた候補者は、ビジュアル、スタイルとも抜群だったものの、ダンスと歌は未経験。最初の方こそ、ビジュアルだけで生き残れていたが、次第にスキルが求められていく。それを彼女が自覚し、歌の練習をしているシーンが非常に魅力的に映った。息の使い方や、歌詞のニュアンスを一言一句トレーナーに確認していたのだ。

 きっと活字だったら、「彼女は練習を遂げて、成長した」の一文で済まされてしまうんだろうなと思う。結局、ネタバレ記事は結果を伝えるのが目的であまりストーリーや過程は重視されない。この時の体験を通じて、今まで読んだなかで「すごい!」とか、「うわ、悲しい!」と思ったことがない原因がわかった気がした。時間がかからない分だけストーリーへの共感がなくなっていたのだ。

 正直な話、そんなに時間に余裕のある生活を全員が全員送れているわけではないのは百も承知だ。世の中にゆとりが十分にあったなら、テレビの視聴率だってもっと上がっているかもしれないし、そもそも「タイパ」なんて言葉も存在していないだろう。ただ、時間がかかる分、心が動く何かがあるということは忘れずにいたいし、ゆったりする時間もたまには必要なのだということを心に留めておきたい。

<参考記事>

23日付 日本経済新聞朝刊 五輪観戦もタイパ重視

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