「小学校を取り壊すことにしたよ」
東日本大震災の後に岩手県を訪れたとき、被災された方からうかがった言葉です。一緒に行ったボランティアの人が「震災の痕跡として残しておいて、今後宿泊施設にして観光に利用したらいいのでは」と提案しましたが、「補修するお金もないし、今取り壊せば政府から補助金が出るから」と断られました。そのときの少し寂しそうな表情が頭から離れません。
思い入れのある建造物が、自分の街からなくなる。誰もそのような変化は望まないでしょう。しかし、財源がなければどうすることもできず、ただ寂しさをこらえるしかないのです。
5月に震災の起こった熊本でも、同じような問題が浮上しています。被災した建造物のうち、国宝や重要文化財など国指定文化財の修理には国から補助金が出ますが、それ以外の建物は対象外です。その結果、長い歴史を持っていたり、地域に深く関係したりする建造物でも解体されるおそれがあります。どうにかして、その事態を避けなければなりません。
ここで思い浮かぶのが、重要建築物を数多く抱える京都の取り組みです。京都府は近年、文化財保護のための新たな財源を得ました。個人が好きな自治体に寄付できるという「ふるさと納税」を利用したのです。
全国のふるさと納税の寄付額は前年の約4.3倍に急増し、件数も3.8倍に伸びました。その理由は、返礼品が充実したことと、ふるさと納税が「節税」効果を 持つことと考えられています。自治体は集めた寄付金を地域活性化に活かせ、個人は返礼品を楽しめ、その上税金の支払額を減らすこともできる。京都府の場合、返礼品として祭りの観覧などの文化体験の機会を提供し、その寄付はすべて文化財の保全のために使われます。
このやり方が被災地にも当てはめられないでしょうか。京都府のように、使い道を建造物保護に限定したふるさと納税を導入したら、人びとが失われた風景に心を痛めずにすむかもしれません。
残念ながら、今の熊本にはそのような仕組みのふるさと納税は存在しません。しかし、もし寄付金の額が膨らめば、建物の保護に回される予算も増えることでしょう。現在までに、熊本には延べ193億円の寄付がふるさと納税の形で寄せられています。もちろん、優先して費用を投入すべきことは他にもありますし、文化財の保護に予算が割かれるのはだいぶ先かもしれません。それでも、寄付が集まれば集まるほど、救われる建物は増えるはずです。
ふるさと納税には、「節税」が主な目的となり、寄付の本質からかけ離れているという批判があります。しかし、その用途を被災地支援に絞ることで、被災地の重要建造物を護れ、ひいてはその建物を愛する被災者の人びとを護ることができれば、寄付=contributeの精神を発揮できるのではないでしょうか。
参考:15日付 日本経済新聞朝刊 13版 5面 「ふるさと納税 裾野広く」
「熊本に寄付193億円」
同日付 朝日新聞 13版 総合5面 「教えて! ふるさと納税」
同日付 読売新聞朝刊 13版 文化面 「熊本自身と歴史的建造物 文化財未指定 修復補助なし」
ふるさと納税サイト 「ふるさとチョイス」