現在、多くの地方都市で人口は減少傾向にあります。それに伴い、空き家の増加や伝統の継承など、様々な課題に直面しています。
そんな中、地域が抱える課題の解決と地元の資源を活用した観光整備を進めている自治体があります。愛媛県大洲市です。今回は大洲市に赴き、市の観光と町づくりを担ってきたDMO(観光地域づくり法人)「一般社団法人キタ・マネジメント」の井上陽祐さんにお話を聞きました。今回は、大洲市が抱えていた社会問題とその解決策という視点から、観光戦略を紐解きます。
1.大洲市ってどんな街?
大洲市は、愛媛県西南部に位置する都市で、人口は約4万人弱。大洲城を中心に発展した城下町は「伊予の小京都」と呼ばれ、今も残る伝統的な町並みが特徴です。建物の中には、国の登録有形文化財に指定されているものもあるそうです。
2.城下町が直面した社会問題
そんな城下町は数年前、深刻な危機にさらされていました。空き家の増加と景観の破壊です。城下町を形作ってきた町家や古民家は、持ち主の高齢化や相続による県外所有者の増加から、維持・管理が難しくなってきました。
現在、大洲に残る古民家の多くが江戸から昭和初期にかけて建てられたものです。城下町は大洲市景観計画の計画区域に指定されているため、新築や改修の際に市から補助金が出ます。しかし、全額が補助されるわけではありません。莫大な維持管理費がかかる古民家は、持っているだけで費用がかさみます。固定資産税や修繕の負担を減らそうと、空き家の状態で放置することも多いといいます。これでは朽ちていくだけです。
キタ・マネジメントの井上さんによると、城下町は一時期、古民家の倒壊を防止するための「ブルーシート」で覆われていたそうです。町屋は互いに接しているため、空き家として放置している物件は雨による腐食などで隣家にも悪影響を与えます。様々なトラブルが生じることから、最終的には古民家を取り壊すのが合理的な判断になってしまうのです。
3.迅速な課題解決を実現!カギを握ったのは…
そんな問題に対して、官民が連携して対策を進めました。歴史的な町家や古民家を再生し、観光事業に活用することになったのです。
重要な建築物を保全し、観光事業に活用することで収益を増やせば、町家の修繕などへの再投資の余裕が生まれ、さらには新規事業が創出できる仕組みをしっかりと築くことができます。その好循環を目指して、町づくり計画がスタートしました。市は資金を援助するとともに、地域DMOである一般社団法人キタ・マネジメントを設立。そこがグループ企業として運営する株式会社KITAが町家や古民家の改修、民間業者への貸与などの業務を一手に引き受けています。また、歴史的資源を活用した観光まちづくりを目指す国からも経済支援を受けることで、城下町再興の土台が整っていきました。地元の株式会社伊予銀行(松山市)も資金協力を買って出ました。
それに加え、これまで全国で古民家を活用したホテル運営に取り組んできたバリューマネジメント株式会社(大阪市)が大洲の町家・古民家を使った分散型ホテルの運営を担うことに。地域の歴史的建造物を活用したビジネスのノウハウを持つ一般社団法人ノオト・株式会社NOTE(兵庫・丹波篠山市)なども協力しています。
このように、行政と民間がそれぞれ得意分野を引き受けることで、スピーディーに課題解決と観光整備が実現しました。井上さんによると、互いにリスクをとって業務を担当することが重要だと言います。責任を他に転嫁することなく、与えられた役割に徹することが目標の実現可能性を引き上げます。そのため、城下町でのビジネスを希望する民間事業者の中から、しっかりとリスクをとってくれる企業を選定する必要があったそうです。
4.観光産業が地域を元気に
なぜ大洲市は、歴史的建築の保存だけでなく、観光に力を入れる必要があったのでしょうか。その背景には、人口減少という難題がありました。
観光庁の資料によると、地域に定住した人は、年間で一人当たり平均125~130万円を消費するそうです。そんな定住者は、多くの地方で減っています。大洲市も例外ではありません。キタ・マネジメントによれば、2017年と今年を比較すると、2023年現在大洲市の個人消費額は50億円も減った計算になるそうです。人口が減少すれば、地元経済が衰えてしまいます。また、税収が落ち込めば地域インフラの維持が難しくなります。
そこで、人口減少で生じたマイナスを、観光客の誘致でカバーすることが求められました。定住者一人あたりの年間消費額は、外国人旅行者8人分の消費額にあたります。市は観光交流人口の増加によって、持続可能な町づくりを実現する方向に舵を切りました。観光産業が盛り上がれば雇用の増加も見込めます。2022年11月時点で、市内で71人の新規雇用が生まれました。避けられない人口減少に対して、先人が残してくれた歴史という資源を活用することは、訪れる人を増やし、雇用を創出することに繋がっているのです。
次回は、大洲市の歴史的な町並みや建造物の保全における特徴を具体的に解説します。
参考記事
日本経済新聞2021年11月19日『城下町観光、宿泊客誘う、愛媛・大洲で古民家ホテル続々、文化財や特産品活用、保全と地域活性化両立』
日本経済新聞2022年10月7 日『世界の持続可能な観光地100選 城下町再生、愛媛・大洲に 香川・小豆島は2年連続 SDGsテーマに誘客』
朝日新聞2023年06月16日 『(#SDGs)「持続可能な観光地」選出立役者、ディエゴ・コサ・フェルナンデスさん』
朝日新聞2023年06月15日『(ひと)ディエゴ・コサ・フェルナンデスさん 愛媛県大洲市を「世界一」に導いたスペイン人』
参考文献
観光庁「観光交流人口増大の経済効果」(2015年)