#Barbenheimer (#バーベンハイマ―)
映画『バービー』の米国公式SNSが、バービーの髪の毛とキノコ雲を合成させた、原爆を連想させる画像に好意的な反応を示したことが物議を醸しています。
このハッシュタグは、7月21日にアメリカで公開された映画『バービー』と『OPPENHEIMER』(原題)の両作品のタイトルを組み合わせた造語です。後者は原爆を開発した物理学者の故ロバート・オッペンハイマー氏の伝記映画であり、両作品を続けて観るムーブメントが起こるとともに、SNS上ではバービーと原爆を絡めた投稿が相次ぎました。
配給元の米ワーナー・ブラザーズは1日に謝罪の声明を出し、公式SNSが発信した関連する投稿は既に削除されています。
2020年にNHKが実施した調査では、アメリカ人のおよそ7割が「核兵器は必要ない」と答えています。一方、日本への原爆使用は正しかったと考える米国人は投下直後の調査で8割に上っていました。近年は減っているものの依然として半数を超えます(2015 Pew Research Center survey.Q15.)。
筆者は#Barbenheimerに起因する今回の問題で、原爆に対して人々が無意識に身につけている捉え方や考え方の違いが表面化したように感じました。原爆を投下することはなぜ許されないのか、問題点を言葉にするならどんな指摘があり得るでしょうか。
武力紛争の際に当事者が守らなければいけないルールを国際人道法といい、基本原則として①無差別兵器の禁止、②不必要の苦痛を与える兵器の禁止があります。
また攻撃は軍事目標にのみ向けられなければならず、無差別に行ってはいけないことを軍事目標主義といいます。1945年に広島と長崎に投下された原子爆弾は約15~20キロトンのエネルギーを放出し、それぞれ約14万人、約7万人がその年に死亡したと推定されています。
さらに原子爆弾による放射線は被爆直後に発熱や吐き気などの急性障害を引き起こすだけでなく、白血病やがんなど長期にわたってさまざまな障害をもたらします。1963年の裁判は、原爆使用は無差別的効果を生じさせ、不必要の苦痛を与えるものとして国際人道法違反としました(下田事件、東京地判昭38・12・7)。
しかし96年に国際司法裁判所は、核兵器による威嚇やその使用は原則として違法だが、国家の存亡が危機に瀕した自衛の究極状態においてはその違法性を明確に判断できないとしました。判決にあたっては裁判官の意見が7対7に分かれ、最終的に裁判所長の裁定により結論が示されました(核兵器使用の合法性事件、1996年)。
2017年に核兵器禁止条約が締結されましたが批准国はまだ少なく、核兵器をめぐる問題が未だ難しい状況に置かれていることが分かります。
筆者は宮城県出身であり、修学旅行や校外学習で広島・長崎の資料館を訪れたことはなく、関西出身の友人と比べて原爆について学んだり、体験した人の肉声に触れたりする機会が少なかったように感じています。日本国内でも原爆に接する度合に差があるとすれば、物理的に距離が離れている日米においてその認識に差が生まれてしまうのは仕方のないことなのでしょうか。
もともと# Barbenheimerは公開日が同じである映画『バービー』と『OPPENHEIMER』の両方を劇場で観ようという動きから生まれたものでした。また『バービー』は「予想を裏切る驚きの展開と、誰もの明日を輝かせる魔法のようなメッセージ」(公式HPより)を提供するとしていますし、「原爆の父」と呼ばれるオッペンハイマーは、原爆の開発を主導したのちに核兵器撲滅を訴える立場に転じています。
どちらの作品も現時点で日本では公開されていないため、メッセージ性の判定は容易ではないですが、SNSでの原爆を揶揄するような取り上げ方と映画そのものは、必ずしも連動しているわけではないようです。
一方で、原爆の破壊性と被害を軽んじているように思える振る舞いであることも否めません。英国のスナク首相も自身のSNS¹で# Barbenheimerを付けて投稿していました。彼は今年7月に広島の原爆資料館を見学しており、「広島への原爆投下は言語に絶する人類の悲劇」と表現したばかりです。
単に2つの映画を観たという報告の意図だったのかもしれませんが、資料館で被爆して亡くなった子供の三輪車やひきちぎられた学生服を見て「ここで起こったことを決して忘れてはならない」と語った意義を自ら薄めるような言動であったと思います。
広島の平和記念資料館に行っても、実際に78年前に起こったことや原爆投下時から現在に至るまでの過程全てを理解できるわけではないでしょう。どれだけ想像力を働かせても、原爆による爆風や放射線による痛みや家族、友人、日常生活を失った苦しみは当事者にしか分からないのかもしれません。
それでも、歴史を学びその意味を考えることで同じ惨禍を繰り返さないために行動することはできるのではないでしょうか。
8月6日に広島、9日に長崎への原爆投下から78年を迎えます。ロシアによるウクライナ侵攻では、プーチン大統領が核兵器の使用の可能性をちらつかせ、核兵器と同様に国際人道法違反とされる「クラスター弾」がアメリカからウクライナに供与され、実際に使用されています。
私たちは歴史から教訓を学び取れているのか。今回の問題が再び思いを巡らす契機になることを願います。
【参考記事】
5日付 朝日新聞朝刊 13面『(インタビュー)戦争がもたらすもの 被爆者・森重昭さん』
4日付 朝日新聞朝刊 1頁『(天声人語)バービーとキノコ雲』
2日付 日経新聞朝刊 38頁『映画「バービー」と原爆画像、米ワーナーが投稿謝罪』
【参考資料】
2022年3月18日更新後障害について – 広島市公式ホームページ|国際平和文化都市 (hiroshima.lg.jp)
2023年5月18日スナク英首相が寄稿「核の危険、60年で最も高い」…原爆投下は「人類の悲劇」 : 読売新聞 (yomiuri.co.jp)
原爆が使用されたのはなぜ?どのような被害があった?|NHK戦争を伝えるミュージアム 太平洋戦争をわかりやすく|NHK戦争証言アーカイブス
中西寛他著、「国際政治学」、有斐閣、2021年
山形英郎編、『国際法入門[第2版]―逆から学ぶ』、法律文化社、2018年
加藤信行他編、「ビジュアルテキスト国際法 第2版」、有斐閣、2021年
[1]リシ・スナク(Rishi Sunak)大統領のポスト:2023年7月23日